Character1話【14-1 アセリア領 領都】
アセリア領・領都アルヴァニスタ郊外
帝国兵お待ちしておりました。グラスティン様。
グラスティンアルヴァニスタの様子はどうだ ?
帝国兵反乱兵はどんどん数を増やしており勢いは収まる気配がありません。
グラスティン従騎士のモリスンが心核を取り戻して反乱の先頭に立っているという話だったな。
帝国兵はい。今、帝国側で動いているのはリビングドールβ兵のみです。
帝国兵γ兵たちは元々がレプリカで、最低限の刷り込みしか与えておりませんでしたので、機能不全に陥ったところを反乱兵たちが戦力として囲い込み――
グラスティン――待て。リビングドールγは確かに暗示が解けやすいが、そんなに簡単に大勢の兵の暗示を解くことはできない筈だ。
グラスティン誰かが意図的にやったんだろう。
帝国兵モリスンではないのですか ?
グラスティンそいつは俺が聞きたいなあ。その為にお前が情報収集役を任されたんだろう ?
帝国兵し、失礼しました !
帝国兵グラスティン様の求める情報かはわかりませんが妙な男が反乱兵たちと接触していたという情報を掴んでおります。
グラスティン言い訳はいらない。詳細を話せ。
帝国兵はっ ! 身長はおよそ2メートル。魔鏡技師風の出で立ちでジェイソンと名乗っていたようです。
グラスティン……ヒ……ヒヒヒ……――やっぱりそうか。隠すつもりはないってことだな、あのエセ野郎め !
帝国兵では、やはりお捜しの男でしょうか。本名を名乗るような浅はかな真似をするか疑問だったのですが……。
グラスティンいや、奴は見つけて欲しいんだよ。だから帝国に嫌がらせをしてるって訳だ。
グラスティンヒヒヒ、嬉しいよ。奴をこの手で捌く機会が訪れるとはなあ。まあ……どうせ二人目だろうが。
グラスティンよし。今すぐ、デミトリアス陛下に連絡を取れ。
デミトリアス――それは本当なのか、グラスティン。
グラスティンああ。アセリア領の反乱にはジェイソン・フリーセル様が一枚噛んでいるようだぞ。
グラスティンヒヒヒ、アルトリウスたちが新大陸に兵を集めたせいで各領地に隙ができたところを狙って来るとはさすがビフレストのスパイは鼻が利くよなあ ?
デミトリアス……やはり、あちこちで情報が上がっていた通りフリーセルが動いていたのか。
デミトリアスしかし、フリーセルはファントムが殺した筈だ。そうなると……。
グラスティンああ。具現化だろうな。問題は誰が何のためにそれをやったのか、だ。今更、奴を具現化することに何の意味がある ?
グラスティンビフレストの連中か ? それともフィルか ?ミリーナたちは二人目と三人目だ。フリーセルのことは知らないだろう。
デミトリアス……ジュニアではないのか ?
グラスティン小さいフィリップ ? どうしてジュニアが……――
グラスティン……まさか……サレの奴か…… !あいつ……どこまで俺の足を引っ張るつもりだ…… !死んでからも亡霊のように、俺の計画を邪魔してくる。
デミトリアスグラスティン、他の領都でも反乱が起きている。これを収めなくては。
グラスティン……知ったことか。
デミトリアスグラスティン ! ?
グラスティンはき違えるなよ、デミトリアス。
グラスティンお前がやろうとしているのはこの世界を正しく治めることじゃない。ニーベルング復活まで持たせることだ。
グラスティンどうせもうすぐこの世界は終わる。お前がやりたい『正しい治世』とやらはニーベルングへ移住した後にするんだな。
デミトリアスしかし、このままでは……。
グラスティン帝都のあるイ・ラプセル島だけ確保出来ていればいい。無駄なことは考えるな。
デミトリアスだが――ぐぅ……。
グラスティン……アニマ汚染か。クロノスで時間を巻き戻しても体は恒常性を保とうとするようだな。
デミトリアスこれでは……結局私は昔と何も変わらない。
グラスティンヒヒ、お前は何も変わらないよ。変わらなくていいんだ。その方が面白いからなあ。
グラスティンまあ、大人しく鏡精を喰らうかクロノスを再利用しろ。俺はフリーセルの足取りを追う。
デミトリアス……ぐぅぅ……。はあ、はあ……。薬を――
デミトリアス鏡精を喰らう、か……。私は……いつもこうだ。私は……私は……――

Character2話【14-1 アセリア領 領都】
デミトリアス…………はあ……はあ……。
フィリップあ……あの、大丈夫…… ?
デミトリアスだ、誰だ ! ?
フィリップえ……あ、ご、ごめんなさい……。苦しそうにしてたから……。あの……、誰か人を呼んでこようか ?
デミトリアスや、やめろ !
フィリップ! ?
デミトリアス――すまない。いつもの……発作だ。それより……このことは誰にも言うな。誰にもだ。
フィリップは、はい……。
デミトリアスきみは……見かけない顔……だな。
フィリップあの……僕、オーデンセから出てきたばかりで……。
デミトリアスオーデンセ……。鏡士の島……。そうか……。だからきみは私のことを知らないんだな。
デミトリアスきみの名前は ?
フィリップフィリップ・レストン。あの、きみは……。
デミトリアス私はデミトリアス・ダナン・アースガルズだ。
フィリップデミトリアス……様…… ! ?
デミトリアス(フィリップ……。私と同じ病を抱えて生まれた鏡士。きみの意見を聞いていたら何か変わっていたのだろうか……)
フィリップデミトリアス殿下。起きていて大丈夫なんですか ?倒れたと聞いていましたけれど……。
デミトリアス……ああ。心配を掛けてすまない。単なる過労だ。
フィリップ……それは、嘘ですね。アニマ汚染が始まっているのでは ?
デミトリアス………………。
フィリップどうしてそこまで無茶をするんですか。あなたはセールンドの王子なんですよ。まして、僕と同じ先天性アニマ欠乏症なら、余計に――
デミトリアスそのことは口にするなと言った筈だ。初めて出会ったときに。
フィリップそれは……。
デミトリアス誰に聞かれているかわからない。そのことを知っているのは父ときみ、それから……――
グラスティンデミトリアス。そこまでだ。さっきフリーセルが王宮に入った。下手なことを話せば、ビフレストに筒抜けだあ……。
デミトリアス……グラスティン。ジェイソンも我々の仲間だ。それに彼は私が呼んだんだ。
グラスティンヒ……ヒヒ……。お優しい殿下は、あのエセ野郎を切れないって訳か。
フィリップグラスティン、そういう言い方は止めた方がいい。
グラスティンフィ……フィル……。そんな目で俺を見ないでくれ……。俺たちは……ここにいる三人は……同類だろ…… ?
デミトリアスどういう意味だ。
グラスティンヒヒ……ヒヒヒ……。だってそうだろ。みんな……誰かの魂を喰らった仲間じゃないか……。
デミトリアスフィルは違う。それに私も――そうと知っていた訳ではない。知っていればあんな薬……。
グラスティンだからその罪滅ぼしって訳か ?今度のエネルギー政策は。
デミトリアス……そうだ。キラル分子を20%減産する。そうすれば……鏡士たちの負担も減る。
デミトリアス生活に不便な点も出てくるだろうがどこかで今のキラル分子生産体制を止めなければ状況は好転しない。
フィリップそれはその通りでしょう。けれど、王宮の中でも反対論が根強いと聞いています。イジアス陛下もあまり乗り気ではないとか……。
デミトリアス父上は鏡士を道具としか思っていない。父上を諫めるのも私の役目だ。ジェイソンもそう言ってくれている。
グラスティンジェイソン・フリーセル、か。デミトリアス……お前は奴に騙されているんだ。
フィリップ………………。
デミトリアスフィル、きみもグラスティンと同じ考えなのか ?
フィリップフリーセルの言っていることは正しい、とは思います。このままではセールンドのエネルギーシステムは破綻するでしょう。
フィリップただ、彼が反戦論者である以上、今の僕はフリーセルとは相容れない。僕は……ミリーナと共にイクスの仇を取ると決めていますから。
デミトリアス私だって、ビフレストの侵略を黙って見過ごすつもりはない。
デミトリアスだが、間違った政策は正さねばならないし例え思想に違いがあっても良い意見は吸い上げるべきだろう ?
グラスティンそれがビフレストのスパイの言葉でも……か ?
フリーセルどうしたどうした ? 三人ともしけた顔して。
フィリップフリーセル……。いや、なんでもないんだ。
フリーセルそうか ? まあ、フィルがそう言うならそういうことにしておくが……。
フリーセルそれより、デミトリアス。病み上がりなのに大丈夫なのか ?国立養育院の件で俺に聞きたいことがあるって話だが。
デミトリアスああ。ジェイソンの提案通り、我が国に留まっているビフレストの生活困窮者も国立養育院に収容しようと思ってね。
二人! ?
グラスティン正気か ! ?
フリーセル何か問題でもあるのか ?
グラスティン敵国の人間を救うってのか ?ドンパチやってるさなかに ?
デミトリアス人道的には敵も味方もないだろう。
フィリップそれは……そうだとは思います。でも、今、それを国立の施設でやるのは……。
デミトリアス民間の施設がビフレストの人間に手を差し伸べると思うか ?
フィリップけれど、時期が悪すぎます。ついこの間もハンザ半島をビフレストの魔鏡兵士が襲撃して多数の死者が出たばかりだ。
フィリップその上キラル分子の減産を強行すれば国民の大多数が殿下をビフレストに利する裏切り者と見なす恐れがあります。もっと段階を踏むべきだ。
フリーセルフィル。お前のその弱腰はいたずらに鏡精の犠牲を増やすだけだ。
グラスティンお前如きがフィルに意見するな。お前こそ、そのやり口はセールンドの国内に不和をまき散らすだけだ。
フリーセル俺はそんなことをするつもりはない。そもそも戦争が止まればそいつが一番なんだ。
グラスティン攻めてきてるのは、ビフレストの方なんだがなあ…… ?
デミトリアスみんなやめてくれ。父上も私も、ビフレストに対して折れるつもりはない。だが、弱っている民に手を差し伸べることも間違っているとは思わない。
デミトリアスそれが敵国の人間であっても、だ。
グラスティンヒ……ヒヒ……デミトリアス。お前のその考えは、いずれお前を殺しにくるぞ ?正しさは必ずしも救いにはならないんだからなあ ?
帝国兵――陛下 ! ? どうなさいましたか ! ?
デミトリアス……大事……ない。いつもの発作だ。今、薬を飲んだ……。
デミトリアス(私が選んだのは、フリーセルの手だった)
デミトリアス(あの後、私はキメラ結合の研究中に事故に巻き込まれアニマ汚染が一気に進行した。グラスティンがかばってくれなければ、命すら危うかっただろう)
デミトリアス(だが、あの事故は――仕組まれたものだった……)

Character3話【14-2 雪原1】
リグレット……ここが新しく具現化された大陸、か。
リグレット私も具現化された身だ。元の世界では具現化に似た力を利用していた立場でもあるから技術を疑っていたわけではないが――
バルド機械の力に頼っているとはいえ、一人の人間が生み出したものだと考えると、鏡士という存在の持つ強大な力を思い知らされますね。
コーキスこれ、メルクリアが造ったんだよな。造らされた、だけど。
リグレットああ。これだけの仕事をさせられたのだ。かなり弱っているように見えたが皇女殿下は大丈夫なのか ?
バルド……弱っておられるのは、リビングドール状態で具現化を行ったためでしょう。心を操られた状態では魔鏡術の力も弱まってしまうそうなので。
バルドメルクリア様の本来のお力ならこの新大陸ももっと広大なものを造れた筈ですよ。
リグレット……確かに島よりは大きいが、他の大陸に比べると面積は小さいようだな。となると帝国の手に落ちるのも時間の問題か。
リグレット具現化されたばかりだというのに抵抗勢力がしっかりと力を持っているようなのは驚いたが。
バルドその点は、私も気になっています。
バルド帝国が具現化したのですから、帝国への帰属意識を植え付けられていてもおかしくない筈ですがそうはなっていない。
バルドとするとこの大陸は一体何のために具現化されたのか。
コーキスマスターたちは、異世界のアニマを補充するために具現化をしてただろ。帝国もそうなんじゃないのか ?
バルドいや、コーキス。よく考えてごらん。帝国はニーベルングを甦らせようとしている。この世界を維持する必要はない筈だよ。
コーキスあ……そうか……。壊しちゃうつもりなんだもんな。
コーキスディスト様なら何かわかるのかな。
バルドそうだね。博士からなら何かしら有益な意見をいただけるかも知れない。
バルド………………。
リグレット………………。
リグレット……その点に異論はないが、あまり頼りすぎるなよ。ディストは敵対すると厄介だが味方にするともっと厄介な存在だ。
リグレットそれより――
バルド――ええ。
バルドそこに隠れている者。出てきなさい。
コーキスえ ! ? え ! ?
? ? ?…………生きて……おられたのですか…… ?
バルドその声は……フリーセル……。ジェイソン・フリーセルか ! ?
フリーセル――ご無沙汰しております。バルド様。
コーキスえ ! ? こいつがジュニアが具現化させられたっていう……。
フリーセル何故それを知っている ! ?
コーキス何故って――
バルドいや、コーキス。私から説明するよ。
バルドジュニアのことは知っているんだな。今、私とウォーデン殿下はそのジュニアと共に行動しているんだ。
フリーセルウォーデン殿下がリビングドールで甦ったことは私も存じております。しかしバルド様までとは……。
バルドここできみに会えるとは思わなかった。きみは何故ここにいる ?そして何をしようとしているんだい ?
バルドそもそもきみは何をどこまで知っているのかそれを教えてくれないだろうか。
フリーセル私が知っているのは、セールンドの鬼畜共が再び世界を滅ぼそうとしていることだけです。
フリーセル全ては私が……最初の私がデミトリアスと奴の取り巻きを処理しきれなかった手落ち。申し訳ございません。
バルド処理、とはどういうことだ ?それが暗殺を指しているなら、少なくとも私はきみにそんなことを命じた覚えはない。
フリーセルウォーデン様が薨御なされた後皇后陛下より勅命を賜りました。
バルド皇后陛下が……。あの方なら、確かに……。
リグレットバルド。場所を移してはどうだ。こんな雪原では、いつ敵対勢力に発見されるかわからない。
バルド確かにそうですね。
バルドフリーセル。我々と共に来てくれないか。ウォーデン様にもご挨拶するといい。それに聞きたいことが山のようにある。
フリーセル……ありがたきお言葉。ですが、私はウォーデン様の下に参じることはできません。
バルド何故だ。
フリーセル私は……過去の亡霊です。ですが、やり残した仕事を片付ける機会を得たとも思っています。
フリーセルこの命は皇后様のために捧げるつもりです。
コーキスそれってデミトリアスを殺すってことか ?
リグレットいや、その取り巻きとも言っていたな。デミトリアス、グラスティンの両名だけならナーザ――ウォーデンらにも有益だろうが……。
バルド……ええ。皇后様のご命令であれば当代ビクエやマークやゲフィオン、それにゲフィオンのカーリャも、ということになりますね。
バルド二人目三人目まで標的にするつもりかはわかりませんが。
コーキスミリーナ様も狙われるってことかよ ! ?
バルド考え直してはくれないか、フリーセル。今の状況でビクエたちに手を掛けられるのはウォーデン殿下にとっても不都合だ。
フリーセルそれはできません。私を具現化させたサレへの恩義もある。
フリーセルどうしようもなく救いがたい男ではありましたが私が行っていることの醜悪さが奴への手向けとなるでしょう。
バルド醜悪とわかっているなら、何故止めようとしないんだ。
フリーセル私はビフレストのスパイでしたが同時にデミトリアスらの学友でもありました。止めるべきだった。デミトリアスが毒に染まる前に。
フリーセルですから、私は私のやり方で落とし前をつけるつもりです。
バルドフリーセル !
フリーセルビフレスト皇国とウォーデン殿下に栄光あれ。
フリーセル――失礼します。
コーキスなあ、行かせていいのか ?
リグレットまずいだろうな。
リグレット仕方がない、こちらで監視をする。
コーキスえ ! ? どうやって ! ?
リグレット当面はアリエッタの魔物に協力してもらうほかはないだろうな。
リグレットそれに私やコーキスは面が割れてしまったが誰かをフリーセルのところに送り込みたい。
バルド……となると、救世軍やイクスたちに協力を頼む必要がありそうですね。
リグレットそうなるな。まさか、閣下やディストを送り込むわけにもいかない。
コーキスヴァン様やディスト様が近づいてきたらフリーセルにめちゃくちゃ疑われるもんな。
バルド……どうでしょう。ディスト博士はともかくヴァンは……案外上手く懐に潜り込みそうな気もしますが。
リグレット閣下にそのようなことはさせられない。
バルドもちろんです。あの方の中には精霊ローレライが存在している。
バルドそれに……ナーザ様からもヴァンから目を離すなと言われております。
リグレットフ……。それは賢明なことだ。

Character4話【14-4 アジト1】
スパーダ――でよ、原因はまだよくわかんねえけどレグヌム領は、新大陸への侵攻だけじゃなくて帝国側とも争っているみたいなんだよな。
イクスそうか。報告ありがとう。もしも大事になりそうだったら応援を送るからすぐに連絡してくれ。
スパーダ了解。こっちは、もうちょい調べてみるわ。
イクスええと、次は新大陸の調査の進行状況を確認して――
ミリーナイクス、カロル調査室からの報告よ。今度はアセリア領で反乱が起きたって。
イクスアセリア領 ? ってことはクレスたちの世界が元になった大陸か。
ミリーナええ。新大陸具現化のせいで帝国側でも混乱が起きているみたい。その隙をついたようね。
イクス領民の反乱かな。それともレジスタンスか。
ミリーナいいえ、あちらでも他の領と同じで、一部の兵士たちが帝国に対して反旗を翻したんですって。
イクス兵士が ? 領主や従騎士は帝国側 ? それとも……。
ミリーナ詳しいことはまだわからないけれど従騎士はすでに心核を取り戻しているそうよ。
イクスアセリア領の従騎士はモリスンさんって人だったよな。
ミリーナええ。それとカロルたちだけど他にもアセリア領内で確認したいことがあるから詳しい情報がわかり次第、連絡するって言ってたわ。
イクス確認 ? 何だろう……。
ミリーナ領都周辺の魔物の様子が変だって言っていたからそのことかもしれないわね。
イクス心配だな……。とにかくクレスたちに報告しておこう。その後でネヴァンに連絡をとってから、各大陸の――
ミリーナイクス、魔鏡通信が来てるわよ。
イクスおっと、今度は誰からだ ?……あれ、映らない ?
? ? ?……クス……リーナ。
ミリーナまさか、また通信障害 ?
ヨーランドイクス、ミリーナ。
ミリーナヨーランド様 ! ?
ヨーランド良かった ! 通じてるわね。今、手が離せなくて魔鏡通信に干渉できるか不安だったのよ。
イクス手が離せないって、何があったんですか ?
ヨーランドオリジンの力が暴走を始めたわ。このままでは、ティル・ナ・ノーグの存続にさえ影響を及ぼすことになる。
二人! ?
ヨーランド私は今、その暴走を抑えながらオリジンの存在を保つためにほとんどの力を費やしている状態なの。
イクスどうしてそんなことに…… !
ヨーランド原因となる鏡映点がミッドガンド領にいるはず。どうやらアルトリウスという人物らしいわね。
イクスアルトリウス……ベルベットさんが追ってる相手だ。すぐに連絡しなくちゃ !
ヨーランド大丈夫。ケリュケイオンにはすでにファントムが連絡してくれたから。
二人ファントム ! ?
ヨーランドあら、私がこうして魔鏡通信に干渉できるのもファントムがティル・ナ・ノーグに戻っているからなのよ。

Character5話【14-5 アジト2】
イクスファントムは目が覚めていたんですか ! ?
ヨーランドええ。まだ回復しきってはいないけれどね。私の手が回らない所は彼にお願いしているの。
ミリーナファントムが協力してくれるなんて……。
ヨーランドそう驚くことでもないわ。狂化止めで冷静さを取り戻しているし。
ミリーナええ……そうですね。
ヨーランドただ、だからこそ心配だともいえるけれど――
イクスどうしました ?
ヨーランド…………やっぱり変ね。少し前からオリジンの力を強く感じる……。
イクスまさか、アルトリウスが何かしたんじゃ…… !
ヨーランドいいえ、違う。これは……。
ミラ=マクスウェル済まない、邪魔をするぞ。
ミリーナミラ、どうしたの ?
ミラ=マクスウェルさっきから精霊の気配がおかしい。何というか、妙な感触がするんだ。
ヨーランドあなたも察知していたのね。異世界のマクスウェル。
ミラ=マクスウェル驚いたな。通信相手はヨウ・ビクエか ?
ヨーランドお邪魔しているわ。マクスウェル、あなたが感じ取ったのはきっと私と同じものよ。
ヨーランドあれはオリジンと、そしてクロノスの力。二人がどこかで邂逅し、接触したんだわ。
ミラ=マクスウェルなるほど。この気配は彼らだったのか。
イクスオリジンとクロノスって……、何が起きてるんだ。
フィリップイクス、聞こえるかい ?ベルベットたちについて報告がある。
イクスフィルさん、ええと、今……。
ヨーランド丁度いいわ。報告してちょうだい。
フィリップヨーランド ! ?魔鏡通信に干渉しているのか ! ? いや、それよりあなたは手が離せない状況だとリーパが――
ヨーランドええ、今もそうよ。こうして話すのも結構ギリギリ。だからイクスにはオリジンのことも大まかにしか話していないの。
ヨーランドあなたはファントムから説明を受けたでしょ。イクスたちにも聞かせてあげて。
フィリップわ……わかりました。
フィリップ――イクス、まずベルベットとスレイたちだが先ほどミッドガンド領へ向かったよ。
イクス――そうですか。本当にファントムは協力してくれているんですね。
フィリップああ。この状況もあってまともに話すことはできなかったけどね。それに、クラトスさんとエルレインも心配だ。
ミリーナ二人が軽くぶつかっただけで倒れたなんて変よね。何かの影響を受けたのかしら。
ミラ=マクスウェルフィリップが話したとおりなら私が妙な気配を感じ始めたのと同じ頃だな。
ミリーナ妙な気配……オリジンとクロノスの接触のことね。
イクスクロノス……か。確かエルレインさんは【クロノスの檻】に閉じ込められたことがあるよな。
ヨーランド……なるほど、そういうことか。彼女はクロノスと会っているのね。もしかしてクラトスもオリジンと関係があるのかしら ?
ミトスあるよ。
イクスミトス ? いつの間に……。 あっ、そうか。ミトスもオリジンと契約していたって言ってたよな。
ミラ=マクスウェルなるほど。それでお前も異変を感じたのだな。今の話も聞いていたのだろう ?
ミトス聞こえちゃったんだよ。天使は耳がいいからね。
ミトス余計な口出しはしないつもりだったけどクラトスのことなら話は別。
ミトス元の世界で、ボクはオリジンを封じていた。クラトスの命を使ってね。
ミトスもしその時の状態のまま、この世界に具現化されたならクラトスはオリジンと繋がりを持った者としてこの世界に認識されているんじゃない ?
ヨーランドオリジンを封じていた……。それは、このティル・ナ・ノーグと同じ状況ね。ここでもオリジンは封じられている……。
ヨーランド………………。
ヨーランド――話してくれてありがとう。これでおおよその予測が付いたわ。
ヨーランドオリジンとクロノスに縁を持った者同士が接触した。つまり彼らを通じて、オリジンとクロノスが接触を果たした……んでしょうね。
フィリップその衝撃で二人は倒れたのか。まずは原因がわかっただけでも良かったよ。
フィリップ後は、スレイやベルベットたちがどう動くかでオリジンの状況も変わっていくはずだ。
ミラ=マクスウェル本当にアルトリウスとやらが原因であれば思いとどまってくれれば済む話だが……。
ミトス思いとどまる、ね。それは簡単なことじゃないんだよ、マクスウェル。
ミトスボクは奴を知らないけど、他にどんな選択肢があろうと戻れないし、戻ってはいけない道もあるんだ。世界の仕組みを変えようなんて思い至った段階でね。
ミリーナ…………。
イクス……やっぱり、俺たちもスレイやベルベットさんの加勢に行った方がいいんじゃないか ?
ヨーランドいいえ、彼らに任せた方がいい。それにあなたには、やるべきことがあるのよ、イクス。
イクス俺に、ですか…… ?
ヨーランドええ。あなたにしかできないことなの。

Character6話【14-6 アジト3】
イクス俺が……っていうことはもしかしてバロール絡みですか ?
ヨーランドそれも含めた面倒事になる予定よ。ただ、まだわからないことが多いからあなたたちからも情報が欲しいの。
ミラ=マクスウェルオリジンで手一杯で情報収集が追い付かないか。
ヨーランドええ。何しろ新大陸の現状把握さえままならない状態なのよ。
イクス新大陸ならネヴァンが先行して調査に向かっています。すぐに連絡をとって――
ミリーナ待って、魔鏡通信が……バルドさんからだわ !
バルドミリーナさん ? 通じてよかった。イクスさんもそちらにいますか ?
ミリーナええ。
バルドそうですか。何もないなら良いのですが何故かイクスさんとの魔鏡通信が通じにくくて……心配していたんです。
イクスああ、多分、魔鏡通信への干渉が――
ヨーランド待って、私やフィリップの話は込み入ってるから後回しで。まずは彼の用件を聞いてちょうだい。
バルド失礼、誰かと通信中でしたか ?
イクスええ、まあ……。後で詳しく話します。そちらの用件を先に聞かせてください。
バルドわかりました。まず確認をさせてください。最近、私たちのアジトと魔鏡通信が通じなかった理由はそちらに伝わっていますか ?
イクスはい。ヴァンさんの救出の際にリグレットさんたちから事情を聞いたと報告がありました。
イクスサレに暗示をかけられたジュニアを保護するために外界との接触を避けているんですよね ?
バルドええ。ご存知の通り我々のアジトはジュニアの仮想鏡界です。彼に何かあったらひとたまりもありませんからね。
イクス確かに、サレがどうなったかもわからないしなぁ。
ミリーナヴェイグさんたちも気にしているのよね。最後に会った村の周辺も継続して調べているけど消息はわからないって……。
バルドなるほど。ともあれ、こちらの事情が伝わっているようで安心しました。これから話すのは、その件を踏まえてのことです。
バルドサレに暗示をかけられたジュニアがある人物を具現化していたんです。
バルドその人物は、私たちの同胞にして救世軍の初代指導者、フリーセル。
二人フリーセル ! ?
フィリップ! !
バルドええ。私は先ほど調査中の新大陸で彼と出会いました。
イクスやっぱりそうだったのか…… !
バルドということは、彼とはすでに ?
イクスはい。この間、テルカ・リュミレース領で戦った盗賊がフリーセルに似ているとネヴァンが言っていました。
バルドネヴァンが言うのであれば具現化されたフリーセルに間違いないかと思いますよ。
ミリーナバルドさん……、フリーセルとは何か話を ?
バルドええ。その内容を伝えるために連絡を取りました。
バルド今の彼は、あなたたちや、ネヴァンそれに当代ビクエやマークにも害を及ぼしかねません。
三人! !
ミリーナフリーセルはそんなことを……。
イクス事情はわかりました。それなら救世軍には俺たちの方から連絡します。潜入できそうなメンバーも見繕っておきますね。
バルドええ、お願いします。こちらではアリエッタの魔物たちに監視を頼んでいますので。
イクス他には何かありますか ?
バルド我々としてはそちらの状況が気になるのですが察するにイクスさんたちの方も色々と慌ただしいご様子ですね。
イクス実は……そうなんです。
バルドでは、後程詳しく伺うことに致しましょう。私たちも新大陸の調査とフリーセルの件がありますからお互いに目途が付き次第、情報をすり合わせればいい。
バルドこちらもなるべく定期的にアジトを離れて魔鏡通信を確認しますね。
バルドでは、また――……えっ ?
イクスバルドさん ? どうかしたんですか ?
コーキスマ、マスター ! ミリーナ様 ! パイセンも !気を付けてくれよなっ !
三人! !
バルド――だそうです。では失礼します。
イクスコーキスの奴……。
ミリーナふふ、心配してくれているのね、コーキス。
カーリャまったく、コーキスは早く帰ってくればいいんです。
フィリップ…………。
ミリーナフィル、どうしたの ? 顔色が悪いみたいだけど……。
フィリップああ、すまない。覚悟はしていたけど、本当にフリーセルが……。
ミリーナそうね……ビフレストのスパイだったとはいえフィルにとっては友人ですものね。
フィリップその友人をファントムが殺し、ジュニアが具現化して……僕は再び敵対しようとしている。正直、やりきれないよ。
フィリップヨーランド、ファントムには……リーパにはまだこのことを伝えないでもらえますか。
ヨーランドええ。今の彼を動揺させたくないもの。仕事も任せていることだしね。
イクスフィルさん、ファントムはどうしてフリーセルを殺したんですか ?
イクスそもそも、どうして同一人物だったフィルさんとファントムはこんなにも違ってしまったんでしょう。俺と最初のイクスのような感じですか ?
フィリップそれは……。
イクスあ ! あの、フィルさんを責めようとかそういうことじゃないんです。すみません。あの……話しにくいことならまた改めてでも……。
フィリップい、いや、責められて当然なんだ。ただ、その……。
ヨーランド……オリジンはまだ動かないわね。いいわ。今のうちに私からファントムについて少し話をしましょうか。
フィリップえ ! ? あなたが ?
ミトスだったらボクたちは行こう、マクスウェル。どうせ胸が悪くなる話なんだ。聞くことないでしょ。
ミラ=マクスウェルそうだな。私たちはフリーセルを偵察できそうな者に当たりをつけるとしよう。オリジンに変化があったらすぐに呼んでくれ。
ヨーランドふふっ、いい子たち。気を遣ってくれたのね。
フィリップヨーランド、どういうことですか ?リーパはあなたに何か話したんですか ?
ヨーランドいいえ。ただ、彼を治療している時に私に流れ込んでしまったのよ。彼の思考――思いがね。
ヨーランド恐らく、ミリーナの中のゲフィオンの記憶やフィリップの記憶と照らし合わせると彼の狂気への道筋が見えるはずよ。
フィリップであれば、まずは僕から話をさせて下さい。あなたが感じたリーパの思いはなるべく公開しないであげて欲しい。
フィリップ彼を自分の付随物としか思っていなかった僕ですが……今は悔いています。リーパにも隠しておきたいことはある筈ですから。
ヨーランドそうね。その通りだわ。じゃあ、最低限、必要と思えたことだけ補足するようにするわね。

Character7話【14-7 アジト4】
ヨーランドフィリップがファントム――リーパを具現化したのは同一時空に同一存在を具現化する実験のためだった。そうよね ?
フィリップ……ええ。同一存在は記憶を共有してしまう。具現化された二つの存在を別人として確立するためにはその繋がりを断ち切る必要があった。
フィリップそうしないと、具現体と具現元の双方の心が互いに過干渉して、【狂化】と言われる状態に陥ってしまう。
イクス【狂化】 ? そういえば具現化の教本の中に、魔鏡術のバックファイアを受けたことによる【狂乏症】という症状について書かれているのを読んだことがあります。
イクス語感が似ていますけど同じようなものなんでしょうか。
ミリーナ……ええ。心を扱う技術だからこそ心の調子が狂うような症状も起きることがあるの。
ミリーナゲフィオンがイクスを助けようとして心が壊れてしまったのも【狂乏症】の症状の一つよ。
フィリップ【狂化】というのは、ゲフィオンとミリーナの境界が曖昧になった状態が近いかもしれないね。僕とリーパは鏡精であるマークを共有していた。
フィリップつまりリーパは僕と心が繋がった状態で具現化された。そのせいで、お互いの存在を食い合う状態になっていたんだ。
フィリップリーパと僕なら、僕の方が存在の強度が強い。リーパには固有の鏡精がいなかったからね。
フィリップだからリーパは僕に侵蝕されて、彼の中の願いや希望が先鋭化して歯止めがきかなくなる傾向があった。
ヨーランドリーパを食い殺さないために、フィリップは自分とリーパの心に狂化止めという術式を組み込んだのよね。
ヨーランドでもフィリップは当時すでにアニマ汚染が始まっていたから、心身の老化現象で狂化止めの術式を今までより強力なものに変更する必要があった。
ヨーランドそれが、リーパがファントムへと変わるきっかけよ。
フィリップリーパ。僕たちに仕掛けた狂化止めの術式が弱まってきている。それはきみも感じているよね。
ファントム……ええ。
フィリップだから僕は、狂化止めの術式をより強いものに変えられないかやってみるつもりだ。
フィリップこれが上手くいけば、過去から具現化を行っても心を分断し、記憶の共有を断ち切れるかも知れない。
ファントムそれはやめて下さい。
フィリップ……え ?
ファントムもし新たな狂化止めで私とあなたの繋がりが断ち切れたら、私はあなたの望みを叶えてあげられなくなってしまう。
フィリップ……いや、それは駄目だよ。リーパの言いたいことはわかっているけれどそれは容認できない。
ファントムいや、わかっていない ! イクス・ネーヴェは死んだ。あなたがすることは、イクスを過去から具現化することではなくて、ミリーナとの未来を構築することです。
フィリップミリーナは……僕なんか眼中にないよ。それに僕だって、イクスのことが好きなんだ。
フィリップイクスとミリーナが幸せになってくれれば……僕はそれで……。
ファントム欺瞞だ !私にはあなたの心がわかるのですよ。鏡精であるマーク以上に。
フィリップリーパに伝わっているのは、【狂化止め】で歪んだ僕の心だ。それに、人には相反する感情や思考が存在しうるものだよ。
ファントムつまり、私が感じているあなたの思いはあなたが隠している欲望というわけだ。
ファントムそれの欲望は犯罪ではありませんよ。イクスを過去から甦らせるほうがよっぽど道義に反している。
ファントムあなたはかつてイクスに鏡の欠片を突き刺した事実を消し去りたいだけだ。
フィリップやめてくれ……。
ファントムカーリャもマークもイクスを具現化することに反対しています。作り出された側の存在は皆同じ結論に辿り着いている。
ファントムフィルがどうしても計画を実行するというのなら、私はフリーセルを利用してあなたとミリーナの計画を止めますよ。
フィリップまさか……救世軍を動かすつもりか ?あれは休戦後の治安維持のために組織した自警団なんだよ。それを――
ファントム――それを、なんです ? 私利私欲のために使うな ?冗談ではありませんよ。イクスの具現化も私利私欲だ。
ファントム救世軍だって、ミリーナに対しておかしな動きを見せているフリーセルをガス抜きして同時に監視するための組織だ。
ファントム何もかも私利私欲でしょう。
フィリップああ、そうさ。きみも僕ならわかって欲しいよ。僕は、やっとミリーナの共犯者になれたんだ。
フィリップ僕を邪魔するならきみが僕であっても……僕は許さないよ。
ファントムそれでも私は諦めない。あなたを救うためには私が救われる世界を構築するべきなんだ。そこにイクス・ネーヴェはいらない !
ファントム邪魔なものは排除するだけです。それがあなたを守り願いを叶えることになる。私は私のために私の願いを叶えます。
フィリップ! ?
フィリップその時だったよ。リーパが自分と僕を同一視し始めていることに気付いたのは。
フィリップその頃から、僕の願いを感じ取ったリーパが願いを自分のものと考えるようになりそれを叶えるために行動するようになっていったんだ。
ヨーランドそれはちょっと違うわね、フィル。それはあなたが見た真実。リーパの真実とは違う。
フィリップえ ?
ヨーランドリーパは確かに狂化が進んで自分とフィルの境界が曖昧にはなっていた。
ヨーランドけれど彼は自分とフィルをまだ完全には同一視はしていなかったのよ。
ヨーランドいずれはそうなるかも知れなかったけれど、彼は本気で「あなたとミリーナが幸せになる世界」を作ることが自分の願いだと思っていたの。今でもきっと、ね。
フィリップ………………。

Character8話【14-8 アジト5】
イクス……少し気になったんですけど、救世軍はフリーセルのガス抜きをするための組織だったんですよね。
イクスということは、当時からフリーセルがスパイとして危険な行動を取ろうとしていることはわかっていたんですね。
フィリップ確たる証拠はなかったけれど、ね。彼は友情をもって僕らと交流してくれていたし弱者に対しての優しさも本心だったと思うよ。
フィリップ……僕がそう信じたいだけかも知れないけど。
マーク救世軍を結成してからのフリーセルの話なら俺の方が詳しいかもな。
マークゲフィオンは救世軍の結成にフィルが関わっていることを知らなかったしフィルもファントムや俺に任せきりになっちまってた。
ミリーナそうね……。ゲフィオンは救世軍にマークが関わっていることをイクスから聞いて驚いたぐらいだから……。
マーク実際、救世軍に関しては失敗だったよ。あ、いや、今の救世軍がどうこうって話じゃないぜ。当時の『フリーセルのガス抜きと監視』って名目がな。
マーク俺たちの見込みが甘かった。ファントムとフリーセルが化学反応を起こして、まるでテロ組織みたいになりかけてたからな。
マーク当時のフィルはアニマ汚染でかなりやばい状態だったし俺も……まあ、ファントムの計画に荷担してたしな。
イクス以前の救世軍はゲフィオンに反抗していたもんな……。
マークフリーセルはゲフィオンが世界を壊したと思っていたからな。まあ、正確にはゲフィオンとうちのマスターの仕業なんだが――
イクスそれはそうかも知れないけど、カレイドスコープを推進したセールンドにも、セールンドに攻め入ったビフレストにも責任はあるんじゃないかな。
イクス戦争って……どちらか片方だけが悪いなんてことはないと思うし、兵器を作った人間だけが悪いってこともないだろう ?
ミリーナビフレストにはビフレストの大義がセールンドにはセールンドの大義があった……ということよね。
カーリャビフレストの大義って……バロールの血族に鏡精を作らせないってことですよね ?
イクス結局、そこに突き当たるんだな。やっぱり創世神話の写本を見つけないと。
イクス――いや、ヨーランドさんなら何か知っているんじゃないですか ?
ヨーランド何の話 ?
イクス俺の両親が残していた遺言なんですけど――
女性の声あなたは知っているかしら。自分がバロールの血を引きバロールの魔眼を受け継ぐ子供だということを。
男性の声オーデンセという島は、この世界の原初からある島だ。伝承によれば、この地にバロールの血族がいるのは罪人を留め置くためだという。
男性の声今ではバロールの力が罪であるかのように言われているが、決してそうではない。そのことを私たちは、セールンドに来て知り得た。
男性の声だからイクス、お前に伝えなければならない。お前は鏡士になれ、と。
イクス(これがイクスさんが言っていた母さんたちの遺言…… ?)
女性の声この世界は大きく揺らぎ始めているわ。セールンドで作り出されたキラル分子供給のしくみが罪人の揺り籠であるこの世界を滅ぼそうとしているの。
女性の声世界が崩壊する前に、ルグの槍を解放するのよ。それができるのは、バロールの魔眼を受け継ぐイクスとあなたが生み出す鏡精だけなの。
イクスバロールの力って……いえ、バロールはこの世界にとってどういう存在なんですか ?
ヨーランド女神ダーナやナーザと共にこの世界を創った鏡士。そしてバルドが言っていたように、命を生み出す存在……だという話よ。
ヨーランドナーザの想像の力がティル・ナ・ノーグという巨大な仮想鏡界を創り、バロールの創造の力がその仮想鏡界を現実に変えた。
ヨーランドそれら二つの力を繋いだのがダーナ様の融合の力。バロールの力が失われればこの世界は本当に単なる幻になってしまう。
イクスそうか、ティル・ナ・ノーグそのものがこの浮遊島アジトと同じ成り立ちなんだ……。
ヨーランドええ、そういうことね。――あら ? でも……。
イクスどうしたんですか ?
ヨーランドいえ、そうじゃなくて。おかしいと思わない ?
ヨーランドセールンドの王室では創世神話をおとぎ話のように思っていたのよね。でもご両親の遺言は、私が今話した情報を知った上での言葉のように聞こえたわ。
ヨーランドううん、或いは私以上の情報を知っていたのかも知れない。
イクスえ、ええ……。それが創世神話の写本の可能性があると思ったんです。セールンドの王宮にあったらしいんですけど……。
ヨーランドだったらセールンド王家の人間も、その本を読んでいた筈よね。写本が核心に迫る内容だったのだとしたら王家の人間も知っていなければおかしい。
ヨーランドおとぎ話だと思っていたという証言とは矛盾するわ。だとすれば……セールンド王家の人間は『知っていて』世界を壊そうとした…… ?
ミリーナ世界を壊してしまったのはゲフィオンですよね ?
ヨーランドけれど、ビフレストとの約束を反故にしてバロールの魔眼を受け継ぐ最初のイクスを鏡士にしたのよね。
ミリーナそれは、最初のイクスがゲフィオンの心の傷を治すために志願したことです。セールンド王家の意向では――
ミリーナあ、でも、鏡士になるための登録はする筈だわ。王国からの認可証が届いたからイクスとゲフィオンは結婚することになったんだし……。
フィリップイクスが正式に鏡士になったのなら宮廷鏡士たちに伝わる筈だ。当然僕にも。
フィリップけどイクスが鏡士になったという話を聞いたのはゲフィオンがセールンドに避難してきた後だ。
フィリップつまり、王家や先代のビクエは最初のイクス――バロールの魔眼を受け継いだ血族が鏡士になったことを知っていた。
フィリップそれを……恐らくフリーセルは察知してビフレストに報告した……のかもしれない。
ヨーランド一刻も早くその写本とやらを見つけた方がいいわね。それと、ルグの槍に関してだけれど……。
イクスルグの槍――ニーベルングを転送するための転送装置ですよね ?
ヨーランド帝国がその目的で使おうとしているだけ。本来はバロールと彼の鏡精ルグを結ぶアニマの通り道と聞いているわ。
イクスバロールの鏡精……。
ヨーランド――あ ! オリジンの暴走が……止まった ?
ミリーナベルベットたちだわ !
ヨーランド――そのようね。私はこの隙に、オリジンの存在を安定させる作業に戻るわ。また連絡します。
ヨーランドイクス、あなたがやるべきこと――あなたにしかできないことを伝えておくわ。
イクスは、はい !
ヨーランドルグの槍を手に入れて。恐らくご両親もそれを伝えようとしていたのだと思うわ。
ヨーランドさっきも言った通り、ルグの槍はバロールと鏡精を繋ぐアニマの道。あなたとコーキスならその道を奪って、操ることができる筈。
ヨーランドルグの槍を支配下におければこの世界を守ることができるわ。その為の手段は、きっとあなたの中にある筈よ。

Character9話【14-9 雪原3】
フリーセル………………。
グラスティン………………。
フリーセルどういうつもりだ、グラスティン。さっきから人をつけ回して。
グラスティンヒヒ……同じ魔鏡技師同士じゃないかあ。仲良くしよう……。
フリーセル断る。俺はお前が嫌いだ。
グラスティンそんなことは知ってるさ。俺だって同じだよお……。だがお前は、好き嫌いで人を切り捨てるタイプじゃないだろう ?
フリーセルああ。だが、友に害を与える存在なら、俺は容赦はしない。
グラスティン友、ねえ。そいつはフィルのことかあ ?それともデミトリアスのことかあ ?
フリーセルどちらもだ。
グラスティンヒヒヒ、出たよ、心にもない台詞だ。どうせお前は、祖国のために大切なお友達も切り捨てるんだ。そうだろう ?
フリーセル何のことだ。
グラスティン俺は知ってるんだ。お前がビフレストのスパイだってなあ。
フリーセル俺も知っているぞ、グラスティン。お前がフィルに執着する理由を。
グラスティン
フリーセル屍蝋化したママの死体はそんなにも魅惑的だったか ?グラスティン坊や。
グラスティンヒ……ヒヒ……。そうか。見たのか……。やっぱりお前、ビフレストのスパイだったんだな。
フリーセルバロールの巫女が突然行方知れずになったことでビフレスト皇国とセールンド王国の間に大きな溝ができたんだぞ。
フリーセル何故巫女を……実の母親を殺した ?墓守の街で何があった ?
グラスティン俺が殺したと思ってるならお前はやっぱりマヌケだよ。
フリーセルどういう意味だ。
グラスティン確かに俺は殺そうとはしたが、『殺せなかった』んだ。鏡精の墓を守りながら、だんだんと壊れていくあの女がただただ恐ろしくてなあ。
グラスティンでも、殺ってくれた奴がいたんだよお。
フリーセル……デミトリアスか ! ?
グラスティンヒヒ……ヒヒヒ……。だから特別なのさ。デミトリアスとフィリップはなあ !
フリーセル(……感謝するぜ、サレ。俺を具現化してくれて。グラスティンはもっと早くデミトリアスから引き離しておくべきだったんだ)
フリーセル(デミトリアスはフィリップとは違う。グラスティンに蝕まれている)
フリーセル(最初の俺がやり残した仕事は、必ず遂行する。そして――デミトリアスにも、グラスティンにもフィリップにも、けりをつけさせる)
セールンド王探せ ! なんとしてもデミトリアスの命を繋ぐ方法を探し出すのだ !
魔鏡学者本来、アニマ欠乏症は決して命を奪うほどの病ではありません。
魔鏡学者ですが近頃では、従来とは明らかに違う様相を示すものが増えております。殿下もそういったⅡ型の欠乏症でありまして――
メイドねえ、今度呼ばれた魔鏡学者と鏡士の夫婦とても危険な力の持ち主なんですって。ビクエ様が警戒しておられるとか。
メイドそれもこれも殿下の為なんでしょうけれど……。
騎士団長殿下。どうかご辛抱下さい。この墓守の街ならば、殿下のお命を繋ぐ薬が作れます。ここで静養なさることが肝要なのです。
グラスティンヒヒ…… ! 残念だよお !お前をかばって死ぬのは悪くないがどう生きてどう死ぬのかは見たかった…… !
グラスティンああ、それにフィリップ……。フリーセルに殺されると思うと悔しくてたまらない。俺が……俺が綺麗に保存したかったのに…… !
デミトリアス
デミトリアス(……夢、か)
デミトリアス(近頃、過去のことばかり夢に見る。これもクロノスの影響なのかもしれないな……)
? ? ?クロノスの影響じゃと ?もっとそなたに影響を与えているものがあるではないか。
デミトリアスメルクリア ! ?
? ? ?わらわはメルクリアではない。わからぬか。我らを喰らって生き存えた死人よ。
デミトリアスきょ、鏡精……か…… ?
? ? ?わらわはかつてモリアンであったもの。
モリアンの影オリジンが覚醒した。止まっていた時計の針が動き出したのじゃ。
モリアンの影これから、お前が喰らい、体に取り込んできた鏡精たちが、時の流れと共にそなたの中で甦る。覚悟せよ。
デミトリアス……覚悟など、疾うにできている。我が父の過ち。私に費やされた膨大な命とエネルギー。
デミトリアス奪った物は返す。私にできるのはそれぐらいだ。
モリアンの影ならば貴様も、バロール様の尖兵となれ !

Character10話【14-10 アジト6】
パスカル【贄の紋章】の基礎データを元にしたアニマの放出計算表が出てきたよ~ !
ハロルド早かったじゃない !
リフィルまだ概算だもの。それでも大筋のところは十分でしょう ?
ハロルドもちろん。どれどれ~ ?
ジェイド……なるほど。こう来ましたか。まあ、想定内ではありますが。
ハロルドそうね。予想通りではあるけれど、処理するのは大変よ。
ハロルド前世って概念をどう処理しているのかはもう少し検証が必要だけど、分史世界の方は確定ね。もう計画は進み始めてるんだわ。
ジェイドそのようですね。手段を講じる必要がありそうです。ルドガーたちの世界と法則が同じならば分史世界に行けるのはルドガーとユリウス、それに――
ハロルド……まあ、メンバーに関してはイクスたちとも相談した方がいいわね。行けるなら私も行きたいぐらい。
ジェイド確かに興味深いですね。並行世界というのは。
ジェイドもっとも、今回はティル・ナ・ノーグの前世として仮定されたニーベルングの分史世界……というややこしい代物です。
ジェイド厳密な分史世界という概念とはいささか趣が異なるのでしょうが。
パスカルあー、疲れたよ~。ちょっと休憩してもいいよね。
リフィルふふ、そうね、パスカル。あとはお風呂に入ってゆっくりするといいわ。
パスカルええ~、お風呂は別にいいかな。それより、このままフカフカ布団にダイブして……。
リフィルそう言うと思って既にシェリアには声をかけておきました。
パスカルええ~。お風呂なんていいよ~。
リフィルいけません。ちゃんとお風呂に入ってから休むこと。いいわね ?
パスカルわかったよぉ~。逃げると怖いからなぁ、シェリア。
リフィルさて、私はこの結果をキール研究室のみんなにも共有してくるわ。
ハロルドじゃあ、私はクラースたちに話してくるわね。クロノスのこともあるし。
ジェイドつまり、私がイクスたちへの連絡役、ですか……。
リフィルあら、適任ね。しっかり説明してくるといいわ。
パスカル頑張れ~ジェイド~ ♪
ジェイドやれやれ……。
コーキスマスターたち……大変そうだったな……。
バルド戻って、力を貸してあげたらどうだい ?
コーキスこっちだって人手が足りないだろ !それに……まだ……俺は……。
バルドコーキス。自分がよくない存在で、イクスさんたちに迷惑を掛けるのではないかと不安に思っていることは想像できるよ。
バルドけれど、自分が『どんな存在なのか』を決めるのは他でもない自分自身なんだ。きみの心一つで決まる。本当はね、とてもシンプルなことなんだよ。
コーキス……うん。だけど、中途半端にはしたくない。マスターのところを飛び出してボスたちと一緒に行動して……。
コーキスここまでしたんだから、なんかわかんねーけどこれっていう答えを見つけないといけないと思うんだよ。
リグレット――待たせたな。
リグレットヴァン総長宛てに魔鏡通信文を出しておいた。定時確認で見てもらえればアリエッタを派遣してくれるだろう。
リグレット私は念のため、フリーセルを追跡してみる。雪原なのが幸いだな。消そうとしても痕跡が残る。この後、雪が強くならなければ、だが。
バルドお願いします。私とコーキスはもう少しこの大陸の調査を行ってから仮想鏡界に戻るつもりです。
二人! ?
リグレット…… ? どうした ? 二人とも、妙な顔をして……。
バルドいえ、何か、悪寒のようなものが……。
コーキスああ。空気がビリビリして……――いてぇっ ! ?
リグレットコーキス ! ? バルド ! ?どうした ! ? しっかりしろ !
リグレット……まずい……二人とも意識を…………大丈……――
バロール目を覚ませ、鏡精に尖兵。
コーキス……ここ……は……。
バロール気付いたか。
コーキスボス ! ?
バルド――いえ、これはウォ……ナーザ様ではありません。
バロールナーザ様、か。自分が甦ったことを否定したいが為にナーザの名前を使うとは。確かナーザは、海神であり死者の世界の神として祭り上げられているのだったか。
バロールあのアイフリードが神とは……。笑えるな。
コーキスそれにしても何なんだよ。またなんか面倒なことやらせようとしてるのか ?
バロール死の砂嵐の異物を取り除く。
バルドどういうことですか。死の砂嵐に触れるためのゲフィオンの心の穴は、カーリャ――ネヴァンが守ったはずです。
コーキスそうだよ。パイセンのパイセンがなんかしたから死の砂嵐にアクセスできなくなったんだろ。
バロール……コーキス。お前は俺の子孫の鏡精にしては頭が悪すぎるな。
コーキス何だと ! ? た、確かに頭は良くないけどその分マスターはめちゃくちゃ頭いいからな !記憶力とかすげーいいし !
バロール記憶力……。そうか、鏡士の資質には長けているということか。
バロール……まあいい。ダーナの子孫がやってくれた。
バロール人間の感情の澱を虚無へ流すために、融合の力でカーリャとやらが作った防御壁を崩したのだ。これで俺も再び死の砂嵐に手を伸ばすことができる。
バルド我々に何をさせようというのですか。
バロールすぐにわかる。
二人…………………………。
コーキス(マスター……。頭が……ぼーっとして…………)
バルド………………ビフレストの民を……救う……。
コーキス………………マス……ター…………助け……て……。
to be continued