キャラクター | 1話【お正月1 新たな情報】 |
ロウ | ……なぁ。その情報、信じて大丈夫なのか ?こんな辺鄙なとこ、村があるとは思えないぜ。 |
アルフェン | 今はひとまず、進んでみるしかないな。実は俺もあまり詳しいことは聞けていないんだ。 |
リンウェル | 抵抗組織の人から聞いた話なんでしょ ?なら嘘ってことはないと思うけど……。 |
アルフェン | ああ。ただ、その村は外部との交流がほとんどないらしいんだ。 |
アルフェン | だから、そこに二人がいるっていうのも噂みたいな感じで確証はない。 |
ロウ | 余計に怪しく思えてきたな……。なんかの罠なんじゃねえのか。 |
シオン | だからって無視もできないでしょう ?離れ離れのままでいてもいいことはないわ。 |
リンウェル | うん、そうだよね。……そういえばさこの辺は雪もなくてあまり寒くないんだね。 |
アルフェン | 元の世界で言えば、この辺りはもうシスロディアの外にあたる場所なんだろうな。 |
シオン | 考えてみれば変な感じね。何の邪魔も受けずに、知らない土地に行けるだなんて。 |
アルフェン | まあ、壁を壊す必要がないならそれに越したことはないさ。 |
リンウェル | ……ねえ。さっき言ってた情報が本当ならやっと会えるんだよね。キサラとテュオハリムに。 |
アルフェン | ああ、そうだな。 |
リンウェル | 二人とも、こっちでどんな生活してるんだろう……。 |
ロウ | 俺たちみたいに、どこかの抵抗組織で戦ったりしてるのかもな。 |
アルフェン | いや、この辺りには抵抗組織らしいものはないそうだ。帝国の力があまり及ばなかったおかげでその必要がなかったんだろう。 |
シオン | だとしたら、案外二人で平和に暮らしているのかしら。 |
リンウェル | それって絶対、キサラがテュオハリムの世話焼きっぱなしだよね……。 |
ロウ | 言えてる。大将って何でもできそうで身の回りのことはさっぱりだもんな。 |
アルフェン | そう考えると、二人が一緒みたいでよかったな。万が一、テュオハリムが一人でこの世界に来ていたらどうなっていたか……。 |
リンウェル | うーん、どこかで行き倒れ……とか ? |
ロウ | 片付けられずに自分の荷物で生き埋め……とかな。 |
アルフェン | それはさすがにありえ……なくもないか。 |
アルフェン | まぁ、とにかく二人が一緒ならどんな状況だろうときっと上手く切り抜けているさ。 |
シオン | キサラとテュオハリムが合流すれば戦力的にも心強いわ。 |
アルフェン | ああ。最近は魔物退治の依頼も増えてきた。俺たち四人でも手が足りないぐらいだ。 |
シオン | それにキサラがいてくれれば食料の管理、日々の食事、食材集め……私たちの生活も色々改善されるわ、きっと。 |
ロウ | ……なんか、食べ物のことばっかりだな。 |
シオン | そ、それは……だって、必要なことでしょう。 |
リンウェル | まぁ、実際キサラの料理はおいしかったしね。釣ったばかりの新鮮な魚料理とか。思い出すなぁ……。 |
フルル | フル…… ! ? フルッ、フルゥッ ! |
アルフェン | ん ? どうしたんだ、フルル。フルルもキサラの料理を思い出してるのか ? |
リンウェル | ! ううん、違うみたい…… !向こうに誰かいるって ! |
アルフェン | ここまでほとんど人影もなかったが……。もしかして、村の住人だろうか。 |
ロウ | いや、わからないぜ。盗人かもしれねえし、警戒した方がいい。 |
シオン | ……そうね。不用意に近づくのは危険だわ。 |
リンウェル | 音を立てないようにしないとだね。フルル、静かにね。 |
フルル | フ〜……。 |
アルフェン | ……人の声がするな。それに、波とは別の水がはねる音…… ? |
リンウェル | 水遊びでもしてるのかな。 |
シオン | こんな波の荒い海で ? |
ロウ | 案外、水辺で戯れる美女とかじゃねえ ?なあ、アルフェン。 |
リンウェル | ……勝手にやってれば。 |
アルフェン | 確かに女性の声みたいだが……。そういう平和な感じではないような―― |
? ? ? | うおおおおおっ ! |
リンウェル | 本当だ…… ! これ、戦ってる声だよね ! ?助けに行かなきゃ ! |
? ? ? | くっ……、そう来たか。だが逃すものか ! |
アルフェン | いや、違う…… ! これは戦いの音じゃない。張り詰めた糸の音、竿のきしみ、それにこの声 ! |
キサラ | かかった……そこだっ !はぁぁぁーっ ! ! |
全員 | キサラ…… ! ! |
キサラ | ん ? ……お前たち ! ? |
キャラクター | 2話【お正月2 合流】 |
キサラ | ……やはりお前たちも同じ世界にいたのだな。また会えて嬉しいぞ。 |
リンウェル | こっちこそ ! ずっと探してたんだよ。 |
アルフェン | テュオハリムは一緒じゃないのか ?それらしい情報を聞いてきたんだが。 |
キサラ | ああ、あの人もいる。二人でこの近くの村で世話になっているんだ。 |
アルフェン | そうか……。よかった、二人とも無事で。 |
シオン | さっき、「同じ世界」と言ったわよね。今の状況について、どこまで把握しているの ? |
キサラ | 把握している、とはとても言い難いが……テュオハリムが周囲の状況などを調べてあれこれ推論を立ててくれたんだ。 |
キサラ | ここはどうやら我々のいた場所とは歴史も性質も全く異なる世界らしい、とな。 |
ロウ | へぇ、さすがは大将だぜ。 |
キサラ | 正直、私はまださっぱり理解できていないがな。あの人のおかげで、少なくとも慌てずに済んだ。 |
リンウェル | 私たちがいるってことも、わかってたの ? |
キサラ | その可能性が高いだろうと予想はしていた。こちらから探しに行けなくてすまなかったな。 |
アルフェン | 別に謝ることでもないさ。俺たちの方は人数が増えて動きやすかったってだけだ。 |
キサラ | ……実を言うと、この辺りは強い魔物が多くてな。動けなかったのはそのせいもある。 |
シオン | あなたたち二人でも、歯が立たないような魔物なの ? |
キサラ | そういうわけではないが、村には私たち以外に戦える者がいないんだ。残った皆の安全を考えると、村を離れられなかった。 |
アルフェン | そういうことだったのか……。村の情報がなかなか外に伝わらなかったのもその魔物たちのせいだったんだな。 |
キサラ | だろうな。物資もどんどん手に入りにくくなって村の皆も困っている。 |
キサラ | 私とテュオハリムで、なるべく魔物を排除したり外で食料を集めたりと、あれこれ手伝ってはいるのだがな。 |
リンウェル | じゃあ、その魚たちも村の食料なの ? |
キサラ | ああ、そうだ。だがこれは、ただの食料じゃなく新年のための特別な料理に使うものなんだ。『おせち料理』というものらしい。 |
アルフェン | おせち……ああ ! そういえば前にイクスたちが話していた気がするな。新年を祝うために作る料理だとか。 |
シオン | 新年の、特別な料理……気になるわね。 |
リンウェル | そういえば、今日は大晦日だったね。二人に会えるかもって急いで出かけてきたから忘れちゃってたよ。 |
キサラ | 村では色々な新年行事があってな。ここ数日、私たちもその準備に追われている。特にテュオハリムは引っ張りだこだ。 |
キサラ | お前たちも、ひとまず一緒に村へ来ないか ?作るのはこれからだが、明日には豪華なおせち料理が食べられるはずだぞ。 |
シオン | 是非、寄らせてもらうわ。……決して、料理だけが目当てではないけど。 |
ロウ | そう付け加えたら、余計に料理目当てっぽく聞こえちまうだろ……。 |
シオン | 違うと言ったら違うの ! |
アルフェン | ま、まあそれはともかく、テュオハリムとも改めて話をしなくちゃな。この世界のこと、今の俺たちのこと。 |
キサラ | では、行こう ! 久しぶりの客人だ。村の皆もきっと喜ぶだろう。 |
アルフェン | ここが、そうか……のどかないい村だな。 |
ロウ | 魔物に脅かされているって話だけどそんなにピリピリしている感じじゃねえな。 |
リンウェル | キサラとテュオハリムが守ってくれてるっていう安心感もあるのかもね。 |
リンウェル | ……あれ ? |
シオン | どうしたの、リンウェル ? |
リンウェル | 音楽が聞こえる……。なんだろう、不思議な音色。 |
ロウ | おっ、なんか向こうに人だかりができてるぜ。そこで演奏してるんじゃねえか ? |
キサラ | ああ、なら我々もそちらへ行こう。きっとテュオハリムもいるはずだ。 |
アルフェン | テュオハリムが ? どういうことだ ? |
キサラ | まあ、見ればわかる。 |
村の演奏家 | ……こんな感じでどうでしょう ?テュオハリムさん。 |
テュオハリム | うむ、良いものを聴かせてもらった。繊細な音色の中に季節の移ろいを感じさせる。華やかで、それでいて落ち着いた旋律。 |
テュオハリム | 強いて不足を挙げるならば、色彩感か……。一つ一つの音に込められた多彩な情感をさらに際立たせて表現してみてはどうかね ? |
村の演奏家 | なるほど……、さすがテュオハリムさん !ありがとうございます ! |
テュオハリム | 君の技量ならば、そう難しいことではあるまい。是非、また聴かせて欲しいものだ。 |
村の女性たち | きゃーっ ! ! テュオハリム様ーっ !今日も素敵ですー ! |
村の子供たち | わーっ ! ! テュオハリムおもしろーい !もっと変なこと喋ってー ! |
シオン | ……すごい人気ね。 |
ロウ | おいおい、なんか羨ましいぞこの扱い…… !なんでこんなにチヤホヤされてんだよ ! ? |
リンウェル | 子供たちは面白がってたけど……。人気があるのは確かみたいだね。 |
キサラ | この村に来てから色々あったんだ……。きっかけは、私たち二人で周辺の魔物を何匹か片付けたことだったと思うが。 |
キサラ | それから、徐々に皆からあれこれ相談を受けるようになってな。その度にテュオハリムが助言をしていたら、いつの間にか信頼を得ていた。 |
アルフェン | 村のご意見番ってわけか。確かに、テュオハリムはそういうのが得意そうだ。 |
キサラ | まぁ、こうやって騒がれるのは、村の皆が刺激に飢えていたせいもあるのだろう。外からの客が少ない場所だからな。 |
ロウ | くそっ、俺もここで具現化されたかったぜ…… ! |
リンウェル | ……ロウじゃこうはならないと思うけど。 |
シオン | でも……、これはこれで大変そうね。いつも大勢に囲まれて。 |
アルフェン | いいんじゃないか、テュオハリムが頼られるのを苦にしていないのなら。 |
キサラ | ああ、本人はそれなりに楽しんでいるようだ。とはいえ、感謝の印にと広い屋敷まで貸し与えられた時は困ってしまったがな……。 |
ロウ | や、屋敷だぁ ! ? もう悠々自適じゃねえかよ ! |
キサラ | 我々も遠慮したのだが、住む者がいないと傷むからと言われて断り切れなかったんだ。 |
キサラ | 必要なら、自由に部屋を使っていいぞ。ほとんどの部屋がテュオハリムの集めてきた『骨董品』で埋まっているがな。 |
リンウェル | ……この村は陸の孤島なのに、一体どこからそんなもの見つけてくるのかな。 |
キサラ | 私も気になったのだが、どうやら村の皆がしまい込んだガラクタを買い集めているようなのだ。止めさせるべきかどうか……。 |
アルフェン | はは……、変わっていないな。どこへ行ってもこれだけ人に慕われるのはきっと人徳ってやつなんだろうな。 |
テュオハリム | ……私にそんな大層なものはなかろう。ただ、彼らが親切な人々だったというだけだ。 |
キサラ | 気づいていましたか、テュオハリム。 |
テュオハリム | ああ。懐かしい声はすぐに気づくとも。 |
アルフェン | 久しぶりだな、テュオハリム。また会えてよかった。 |
テュオハリム | …………。 |
シオン | ……テュオハリム ? |
テュオハリム | 『遠き世に なおも途切れぬ 友の縁』……うむ。 |
ロウ | いや、「うむ」って言われても……。どういう意味だ ? |
リンウェル | 多分、喜んでる……んだよね ? |
キサラ | ああ、かなりな。 |
キャラクター | 3話【お正月3 新年に向けて】 |
テュオハリム | ……具現化、か。なるほどな。 |
シオン | あまり驚いていないみたいね。 |
テュオハリム | おおむね私が想像していた通りだったのでね。無論、目覚めた当初は混乱もしたが……幸いゆっくり考えるだけの時間はあった。 |
キサラ | 村の人たちのおかげで、生活での苦労はほとんどありませんでしたからね。 |
テュオハリム | しかし、君たちのおかげでいくつかの違和感にようやく合点がいった。 |
アルフェン | 違和感というのは ? |
テュオハリム | 君たちが感じているであろうものと同じだ。この世界には、我々の見知ったものと見知らぬものが混在している。 |
ロウ | えーっと……どういうことだ ? |
テュオハリム | 聞き覚えのあるダナの地名とまるで耳慣れぬ名が混じり合っていたり……そんなことが村の外でもあったのではないかね。 |
リンウェル | あ ! それ、私も気づいたよ。名前のことじゃないけど……。 |
リンウェル | シスロディアの遺跡とかでね。装飾の様式に、私が知ってるダナの文化と同じようでいて微妙に違ったりするところがあるんだ。 |
テュオハリム | 正にそのようなことだ。記憶を元に再構築されたというのならば、それも納得できる。 |
キサラ | そういえばテュオハリムも、近くの遺跡や村の記録を熱心に調べていましたね。 |
テュオハリム | 状況を知る手掛かりが得られないかと思ってね。見知らぬ歴史を読み解くというのはなかなか興味深いものがあった。 |
アルフェン | ……村での生活は充実していたみたいだな。 |
テュオハリム | 退屈しない程度にはな。先ほどリンウェルが言ったように、この世界にはダナともレナとも異なる文化が混じっている。 |
テュオハリム | 察するに、それがこの世界本来の文化なのだろう。君たちの話を聞く限り、この村にはそれらの文化が外よりも色濃く残っているようだな。 |
シオン | 確かに、この村は私たちが見てきた場所とはずいぶん雰囲気が違っているわね。おせち料理も初耳だったし……。 |
テュオハリム | うむ。私もおせち料理のことはこの村の記録から知った。他の新年の行事のことと共に。 |
ロウ | 行事って、お祭りでもすんのか ? |
テュオハリム | 色々とあるが、中でも重要なのは『初詣』だろうな。年が明けた元旦に、山の神殿に赴き願い事を胸に祈りを捧げるのだそうだ。 |
キサラ | ……ただ、魔物が現れ始めてからそういった行事はほとんど出来ていないらしくてな。 |
キサラ | 今回は私たちがいるのだから、なんとかして皆にいつも通りの新年を楽しんで欲しいんだ。おせちや初詣のある、この村らしい新年を。 |
リンウェル | そっか……、さっき海辺で魚釣りをしてたのもそのためだったんだね。 |
テュオハリム | 私もキサラも、この村の皆に助けられた。受けた恩は返さねばな。 |
キサラ | テュオハリム、その話ですが……。 |
テュオハリム | なにやら浮かぬ顔だな。どうしたのかね ? |
キサラ | 釣れるだけ釣ってきたのですが、残念ながら目当ての『鯛』は一匹もおらず……やはり、この一帯で全体的に魚の数が減っているようです。 |
テュオハリム | ふむ。それは困ったな。他の魚も料理には使えるが、鯛がないのでは新年の料理として体裁が整わん。 |
アルフェン | どうして、そんなに鯛にこだわるんだ ?他の魚も十分美味そうに見えるが……。 |
テュオハリム | そこには深い文化的な理由がある。すなわち……鯛は『めでタイ』からだ。 |
リンウェル | ……え ? |
テュオハリム | 鯛は『めでタイ』、からだ。 |
キサラ | あの、テュオハリム。二回言わなくてもちゃんと聞こえていますから。 |
テュオハリム | む……、そうか。それは失敬した。 |
ロウ | いや、ちょっと待てよ ! ?ただのダジャレじゃねえか ! |
テュオハリム | 言っておくが、私が考えたのではないぞ。それにダジャレというより語呂合わせと呼ぶ方が相応しかろう。笑わせるのが目的ではないのだから。 |
シオン | ……つまり、食材の名前を使って新年を祝う意味を込めたってこと ?おめでたい年になるように……。 |
テュオハリム | その通りだ。こういった語呂合わせは互いの幸運や長寿を願う民の思いがこもったものなのだそうだ。尊重すべき文化ということだな。 |
キサラ | お互いを気遣いあう、人々の優しさが表れたものなのでしょうね。 |
ロウ | へぇ……。ただのダジャレってわけじゃないんだな。 |
アルフェン | 何か、俺たちにも手伝えることはあるか ?二人じゃ大変だろう。 |
テュオハリム | 申し出はありがたいが、良いのかね ?君たちはこの村に借りがあるわけではなかろう。 |
アルフェン | 借りならあるさ。俺たちの仲間を助けてくれた。それだけで十分大きな借りだ。 |
リンウェル | そうだね。せっかくこうしてまた会えたんだし私たちにできることならなんでもするよ ! |
テュオハリム | ……ふっ、そうか。ならば、遠慮なく力を借りるとしよう。 |
キサラ | ありがとう、みんな。では、早速準備に取り掛かるぞ ! |
キャラクター | 4話【お正月4 二つの問題】 |
テュオハリム | では、改めて我々の為すべきことを話そう。君たちの手を借りたい問題は二つある。 |
テュオハリム | 一つは、縁起物である鯛を釣り上げることだ。なにしろ……鯛はめでタイ、のでな。 |
リンウェル | ……気に入ったんだね、それ。 |
テュオハリム | そして、もう一つ……。先ほど話した、村近くの山にある神殿の安全を確保すること。 |
アルフェン | 神殿にまで魔物がいるのか ? |
キサラ | ああ、一番手強い奴がそこをねぐらにしていてな。おかげで周囲の小物まで集まってきて神殿自体が魔物の巣のようになっているんだ。 |
テュオハリム | 村周辺に現れる魔物たちは、私とキサラでなるべく片付けてきたのだが……あの場所だけは手を出しあぐねていてね。 |
シオン | 群れを率いる大物……なるほど厄介そうね。 |
ロウ | でも逆に言えば、そいつらさえぶっ飛ばしちまえばこの村もほぼ安全になるってことだろ。 |
テュオハリム | その通りだ。神殿は初詣のためにも欠かせぬ場所。こちらも頭数が増えた今機を逃さず片を付けたい。 |
アルフェン | そうなれば、村と外部の行き来も楽になるだろうな。よし、そっちは俺が手伝おう。 |
アルフェン | ……それでいいか、シオン ? |
シオン | え ? ……ええ、構わないわ。わざわざ確認しなくても、ちゃんと手伝うわよ。 |
アルフェン | あ、いや。それはわかっているんだが……俺が勝手に決めてしまったら悪いと思ってな。炎の剣を使う以上、一緒に来てもらうことになるだろ。 |
シオン | ああ、そういうこと……。別にいちいち気にしなくていいわよ。 |
アルフェン | そ、そうか。わかった。 |
テュオハリム | ふむ……。この様子だと、いっそ私抜きで二人きりで行かせた方が良いか ? |
キサラ | ……今はそういう気回しをする時ではありません。 |
ロウ | んじゃ、俺とリンウェルでキサラの釣りを手伝うか。 |
キサラ | 三人ずつで大丈夫ですか、テュオハリム ?そちらの方が人数が必要なのでは……。 |
テュオハリム | いや、君こそ釣りをする間に背中を任せられる相手が必要だろう。 |
リンウェル | 確かに、釣りをしてる時のキサラはかなり熱中してるもんね。 |
テュオハリム | それに手強い魔物とはいえ、我々二人で拮抗できていた相手だ。三人いれば、仕留めるには十分だろう。 |
キサラ | わかりました。では、そちらはお任せします。 |
ロウ | それじゃ、早速出発しようぜ !今日中に鯛釣って、それから料理もするんだろ。 |
キサラ | そうだな、急いで動くとしよう。 |
テュオハリム | 我々も行くぞ。準備はいいかね ? |
アルフェン | ああ、問題ない。みんな、無事でな ! |
リンウェル | キサラ、今度はどこへ釣りに行くの ?さっきの海岸には鯛がいなかったんだよね。 |
キサラ | ああ、今度は少し足を延ばしてみるつもりだ。このまま私についてきてくれ。 |
ロウ | そういや、来た時にも思ったんだけどさ。この辺の海岸って、小さい舟とか網とかが沢山置いてあるよな。 |
キサラ | あの村は、もともと漁村だったそうだ。ここも昔は漁師たちで賑わっていたのだろうな。 |
リンウェル | 魔物のせいで、漁もできなくなっちゃったんだね。ズーグルに怯えて出歩けなかったダナのみんなと一緒……。 |
ロウ | あんま落ち込むなよ。今頃アルフェンたちが魔物どもをぶっ倒してるって。 |
キサラ | そうだな。来年はきっとここも落ち着いてまた漁が始められるだろう。この目で見てみたいものだな。 |
リンウェル | 漁の話をするの楽しそうだね、キサラ。やっぱり魚釣りと通じるものがあるのかな。 |
キサラ | ああ、かなり興味深いぞ。村の漁師たちから沢山話を聞かせてもらったんだ。魚たちの習性やそれを利用した漁の方法……。 |
リンウェル | す、すごいね……よくわかんないけど。 |
ロウ | キサラでも、まだ魚について知らないことなんてあるもんなんだな。 |
キサラ | それはもちろんだ。釣りはまだまだ奥が深いからな。知れば知るほど、自分の未熟さを思い知る。 |
キサラ | それに、私の釣り知識はほとんど兄さんに教わったものだからな。生業として魚を獲る漁師の知識とは、また違うんだ。 |
リンウェル | ふーん……。私が使うダナの星霊術とシオンたちの星霊術の違いみたいなものかな ? |
キサラ | そういうことかもしれないな。二つのやり方を学んだことで、私はさらなる釣りの深奥に触れたような気がする……。 |
ロウ | ……なんか、壮大な話になってきたな。 |
ロウ | でも、そんだけ色々学んだのに今回の鯛釣りは苦戦してるのか ? |
キサラ | そうだ……。さっきテュオハリムにも話したが、海沿いの魚がめっきり減っていてな。 |
リンウェル | それじゃ、どうするの ? いくらキサラでもいない魚は釣れないよね。 |
キサラ | 近くにいなければ、いる場所を探せばいい。鯛が生息しているのは海岸沿いから沖合いだ。沖に移動したのかもしれない。 |
ロウ | 沖……ってことは、舟に乗るのか ! |
キサラ | ああ、村の漁師たちに許可はもらっている。使えそうなものがあればどれでも使って構わないとな。 |
リンウェル | 舟かぁ……でも、使えそうなのがあるかな。どの舟も、野ざらしでボロボロみたいだよ。乗った途端に穴が空いたりして。 |
ロウ | ま、どれか一つぐらいマシなやつがあんだろ。探してみようぜ ! |
キャラクター | 5話【お正月5 沖釣り】 |
リンウェル | ……釣れないね。 |
キサラ | そうだな……。近くにいそうな気配もない。もう少し沖まで進んでみるとしよう。 |
キサラ | ロウ、舟を漕いでくれるか ? |
ロウ | 任せとけ ! おらおら、行くぜぇっ ! |
キサラ | うっ……ちょ、ちょっと待ってくれ !ロウ……。 |
ロウ | ん ? どうした、キサラ ? |
キサラ | できれば、もう少し……ゆっくり漕いでもらえないか。揺れて……気分が……。 |
リンウェル | 大丈夫 ? 顔色が悪いよ。 |
キサラ | ……ああ、大丈夫だ。どうも、こんな風に足場が不安定だと目まいがしてな。ふぅ……。 |
ロウ | じゃあ、揺れないようにゆっくり進むか。魚もビビって逃げちまうかもしれねえしな。 |
キサラ | すまない。助かる……。 |
キサラ | ……やはり、二人に来てもらってよかったな。私だけでは舟を出すのも難しかっただろう。 |
リンウェル | 私たちも、力になれて嬉しいよ。 |
ロウ | しかし、やっぱり妙な話だよな。『めでタイ』のために鯛を釣るなんて。 |
ロウ | ただのダジャレじゃねえってことはわかったけど要するにゲン担ぎなんだよな ? |
リンウェル | そうだけど、村の人たちへの感謝のためだしいいことじゃない。 |
ロウ | そりゃ、感謝を伝えるのはいいことだけどよ。だったら、どんな料理でも美味けりゃいいんじゃね ?ついでに「ありがとな ! 」とか言えば伝わるだろ。 |
リンウェル | みんながみんな、ロウみたいにガサツな感性してるわけじゃないんだから。 |
フルル | フルル〜。 |
ロウ | いや、ガサツってことはねえだろ !ややこしくねえってだけだよ。 |
キサラ | ふふ、それはそれでロウらしくていいかもしれないな。 |
ロウ | お、だろ ? |
キサラ | だが、今回は違うやり方でいきたいんだ。 |
キサラ | ただ言葉で伝えるよりも、村の文化や作法を尊重することで、人々に敬意を表する。 |
キサラ | 回りくどく感じるかもしれないが、これがあの人の、テュオハリムの選んだやり方なんだ。 |
ロウ | うーん……、わかるようなわかんねえような。 |
リンウェル | 確かに、変な詩を詠まれるよりは伝わるよね。村の人たちも、すごく嬉しそうだったし。 |
キサラ | ……それにテュオハリムは、異邦人としてなるべく自分たちの流儀を押し付けたくないとも言っていた。レナの過ちを繰り返さないようにな。 |
リンウェル | …………。 |
ロウ | ……なぁ、キサラ。そろそろ釣り糸垂らしてみたらどうだ ?もう、だいぶ沖まで来たぜ。 |
キサラ | ああ、そうだな。この辺りで試してみるとしよう。……やっ ! |
キサラ | ……よし、いい感じだ。大物が掛かりそうな予感がするぞ。 |
リンウェル | うん、頑張って !やっぱりいいなぁ、キサラがいると。頼もしい感じがするよね。 |
キサラ | そうか ? 言われて悪い気はしないな。 |
リンウェル | そういえば、改めて聞くのもなんだけど……キサラたちも、これからは私たちと一緒に戦ってくれるんだよね ? |
キサラ | 少なくとも、私は最初からそのつもりだ。もちろん魔物を片付けて、村が安全になったと確認できてからの話になるがな。 |
ロウ | 「私は」って、なんか微妙に引っかかる言い方だな。もしかして、テュオハリムは違うのか ? |
キサラ | いや、それは……。 |
キサラ | ……実を言うと、あの人がどう考えているか私もちゃんと聞いていないんだ。 |
リンウェル | えっ、一緒に来ないかもしれないってこと ? |
キサラ | まだはっきりとはわからない。お前たちと会えてからゆっくり話し合っていないからな。 |
キサラ | ただ……、今のテュオハリムは村での生活にすっかり馴染んでいる。もしかしたらこのまま残ることを望んでいるのかもしれない。 |
リンウェル | ……そういえば、村ではずっと楽しそうにしてたね。村のことも大事に思ってるみたいだし……。 |
ロウ | うーん……。まぁ、確かにテュオハリムが戦ってたのは、領戦王争を止めるためだったよな。ここにはそれがないわけで……。 |
キサラ | そういうことだ。ここにはメナンシアがあるかもわからないし、きっと私たちの国ではないのだろう。あの人が背負うものもまた、ないと言える。 |
ロウ | でもよ、住む世界が変わったからってそれで自分の何もかもをほっぽり出して本当にそれでいいのか ? |
キサラ | 私だって思うところはある。 |
キサラ | でも、だからといって無理強いはしたくないんだ。もし本当にあの人が平穏を望むならこの世界では尊重したい。 |
リンウェル | キサラ……。 |
ロウ | テュオハリムの望み、か……。そういや、もともとは音楽家になりたかったとか言ってたっけか ? |
リンウェル | そうだね。だとしたら、やっぱりここでのんびり歴史とか音楽とか、趣味に浸って暮らすのがテュオハリムの本来の望みなのかな……。 |
キサラ | ……すまないな、二人にまで色々考えさせてしまって。私が早く話し合っておくべきだったんだが―― |
キサラ | ! 待て、釣竿に何かかかったようだ…… ! |
フルル | フーッ ! ! フルルゥ ! |
ロウ | かなり引いてるぞ ! こいつは大物だな…… ! |
キサラ | くっ……、重いっ ! |
リンウェル | ちょ、ちょっと待って ! いくらなんでも魚にしては大きすぎない ! ? |
魔物 | キシャアアアアアッ ! ! |
ロウ | おぅわっ ! ? こいつ、魔物じゃねえか ! |
リンウェル | もしかして、この魔物のせいで岸に魚が寄り付かなくなってたのかな…… ? |
キサラ | だとすれば、逃すわけにはいかないな !……ふんっ ! |
ロウ | うおっ ! おい、キサラ !このままじゃ舟がひっくり返っちまうぞ ! |
キサラ | ……舟上で戦うのは無理か。となれば……。 |
キサラ | リンウェル ! お前の星霊術で舟を岸に押し戻せないか ? |
リンウェル | う、うん、やってみる ! |
キサラ | ロウは岸に向けて舟を漕ぎ続けてくれ。この魔物を、地上に釣り上げる ! |
ロウ | そういうことか…… ! 任せとけ ! |
リンウェル | それじゃ、行くよ…… !スプレッド ! |
魔物 | シャアアッ ! ? |
ロウ | おしっ、波がこっちに来た !うおおおーっ ! ! 漕ぐぜ漕ぐぜぇっ ! |
キサラ | その調子だ、二人とも !岸が近づいてきたぞ…… ! |
キサラ | ――今だ !でぇぇやぁぁぁぁーっ ! |
魔物 | シギャアアアア ! ! |
リンウェル | すごい…… ! 本当に魔物を釣り上げちゃったよ。 |
キサラ | よし、地上ならこちらに分がある。行くぞ、リンウェル、ロウ ! |
キサラ | 釣りの邪魔をするものは……絶対に許さん ! |
キャラクター | 6話【お正月6 村の神殿】 |
アルフェン | ……ここが神殿か。不思議な場所だな。どこか荘厳な雰囲気があるというか。 |
テュオハリム | ほう。君も、歴史が放つ芳醇な香りを感じられるようになってきたようだ。 |
アルフェン | あ、いや……そこまでは。 |
シオン | そんなことより、肝心の魔物はどこにいるの ?ここに来るまでに倒してきたなかには手こずるような相手はいなかったけど。 |
テュオハリム | うむ、あれらは取り巻きの雑魚に過ぎん。どうやら本命はどこかに隠れているようだな。 |
アルフェン | こちらの様子を窺っているのか…… ?どうする ? 現れるまで待つか ? |
テュオハリム | いや、これはこれで好都合だ。今のうちに少々調べたいことがある。 |
シオン | 調べたいことって ?……ちょっと、テュオハリム ? |
アルフェン | ……行ってしまったな。俺たちも追いかけよう。 |
アルフェン | ここは……倉庫か何かか ?色んな物が置いてあるな。 |
テュオハリム | うむ。村長の話では、新年行事に必要な道具がここにまとめて仕舞われているらしい。 |
シオン | これは…… ? 大きな木槌、かしら。 |
アルフェン | おおっ ! ? なかなか渋い武器だな !硬い木の素材を活かした槌か。使い込まれた柄の握り心地も悪くなさそうだ。 |
テュオハリム | 盛り上がっているところすまないが残念ながら、それは武器ではない。 |
アルフェン | そ……そうなのか ? |
テュオハリム | ああ、それは私が探していた調理器具だ。 |
シオン | 調理器具 ? それでどんな料理が作れるの ?形からすると、肉を叩いて柔らかくするのかしら。ずいぶん豪快だけど、それに見合った肉料理が―― |
アルフェン | ……急に口数が多くなったな、シオン。 |
テュオハリム | その点については、君も人のことは言えないと思うがね。 |
アルフェン | う……。 |
テュオハリム | この調理器具は『杵』そしてこちらの台座のようなものは『臼』という。 |
テュオハリム | 特殊な米を叩いてこねることで柔らかくし『餅』なる珍味を作ることができるという。これもまた、新年に欠かせない料理のようだ。 |
シオン | それは……興味深いわね。……文化的に、という意味よ。 |
テュオハリム | 私も同感だ。この道具はなんとしても村に持ち帰らねばならん。 |
シオン | でも、杵はともかくこの臼っていうのはかなり重そうよ。どうやって運ぶつもり ? |
テュオハリム | ふむ、三人がかりならどうにかなりそうだが。 |
シオン | 魔物がいつ襲ってくるかわからないわ。それに……うっかり〈荊〉に触れるかもしれないし。 |
アルフェン | 俺がやってみるよ。幸い、肉体労働なら慣れっこだ。 |
シオン | 何を言いだすの ! ? いくら丈夫だからってあなた一人で運ぶなんて無茶よ ! |
アルフェン | まあ確かに重そうだが、似たようなことならカラグリアで散々やってきたしな。それに人々を助けるためなら苦じゃないさ。 |
シオン | 苦しいかどうかの問題じゃないわ。いいこと、こんなもの一人で持ったら腰が壊れる。治癒術だって無限じゃないのよ ? |
アルフェン | いや、そこまでやわじゃないさ。経験から言って、これぐらいの重さなら……。 |
テュオハリム | ……君たち二人は、やはり仲が良いな。 |
シオン | なっ……、急に何を言うのよ ! ? |
アルフェン | 今、まさに喧嘩になりそうなところだったんだが……。 |
テュオハリム | その喧嘩とやらも、互いを思いやればこそだろう。憎み合う相手とそんな言い合いはすまい。 |
シオン | 私は……私はただ、一人で突っ走って無茶をしないで欲しいだけよ。 |
テュオハリム | だそうだ、アルフェン。確かに、私もこの臼を一人で運ぶことはお勧めしないな。 |
アルフェン | そうだな……。確かに、気遣ってくれていたのに熱くなってすまなかった。 |
シオン | ……謝らなくてもいいわ。私も言いすぎたから。 |
アルフェン | ……わかった。俺は少し外を見回って頭を冷やしてくるよ。 |
シオン | ……はぁ。 |
テュオハリム | シオン。一つ聞いてもいいかね ? |
シオン | えっ ? 何かしら。 |
テュオハリム | 少々気になってね。君が何故、この世界でもアルフェンたちとともに行動しているのか。 |
シオン | 何故って……、わざわざ一人で行動する理由もないでしょう。 |
シオン | 一人では、できることにも限度があるわ。私にはアルフェンの力も、みんなの力も必要だもの。 |
テュオハリム | 「必要だから」……、それだけかね ? |
シオン | 悪いことではないでしょう。私だって必要とされる時にはちゃんと力を貸しているわ。それに―― |
シオン | それに私も、誰かに必要とされることは……嫌ではないから。 |
テュオハリム | ……なるほど。 |
シオン | どうして、急にそんなことを聞くの ? |
テュオハリム | いや、少々考えていることがあったのでね。気に障ったのなら謝ろう。 |
シオン | そんなことはないけど……。 |
アルフェン | 二人とも、外に来てくれ ! 大型の魔物だ !きっと、テュオハリムが言っていた―― |
テュオハリム | ……奴が姿を見せたか。我々も行こう。 |
アルフェン | 飛燕刃 ! |
大型の魔物 | グァァァッ ! ! |
テュオハリム | 加勢しよう。……ロックブレイク ! |
大型の魔物 | グググ…… ! |
シオン | 逃げて行くわ ! 追撃を―― |
テュオハリム | ……いや、ここからでは追いつけまい。残念だが、今は神殿から追い払えただけでよしとしよう。 |
シオン | でも、明日ここで催しをするんでしょう ?その最中に魔物が戻ってくるかもしれないわ。 |
テュオハリム | 我々がここで見張るしかなかろうな。無論、君たちがよければだが。 |
アルフェン | わかった、俺は構わない。……杵と臼はどうする ? |
テュオハリム | そうだな……。奴が戻って来ないうちに、村から人を呼んで運び出すということでどうかね ? |
シオン | 無理に私たちだけで運ぶより、それが良さそうね。 |
アルフェン | ……なんだか、結局あまり助けになれなかったな。 |
テュオハリム | いや、奴を追い払えたのは君たちのおかげだ。それに、色々と考えさせてもらったよ。 |
アルフェン | …… ? |
キャラクター | 7話【お正月7 おせち作り】 |
アルフェン | ……ふぅ。やっと杵と臼を運べたな。みんな、手伝ってくれてありがとう。 |
村人A | いやぁ、お礼を言うのはこっちですよ !村の行事のために手を貸していただいて。 |
村人B | ええ、それにテュオハリムさんにはいつも世話になってますからね。うちなんて子供の名前も付けてもらっちゃって。 |
シオン | ……本当に馴染んでいるのね、この村に。 |
ロウ | おーい ! 戻ったぞー !大漁、大漁 ! |
アルフェン | おっ…… ! その大きな魚はもしかして……。 |
キサラ | ああ、鯛を釣ってきたぞ。我ながら見事な大物だ ! |
シオン | これは美味しそ……いえ、活きが良さそうだわ。三人とも、お手柄ね。 |
リンウェル | 釣り上げた後、キサラが船酔いでしばらくぐったりしてて大変だったけどね……。でも、苦労した甲斐があったよ ! |
テュオハリム | うむ、実に見事な鯛だ。『赤き背に 幸と福乗せ いざ食卓へ』……字余り。 |
アルフェン | めでたくて、美味しそうってことか…… ? |
テュオハリム | これほどの鯛、よくぞ釣ってきてくれた。さすがの腕だ、キサラ。 |
キサラ | いえ、そんな……これも村のためですから。そちらの首尾はどうでしたか ? |
アルフェン | それが……、雑魚はあらかた片付けたんだが狙っていた大物には逃げられてしまった。 |
テュオハリム | 明日の初詣は、我々が護衛につくつもりだ。 |
キサラ | そうですか……、わかりました。では、食材も揃ったのでそろそろ料理の準備にかかりましょう。 |
キサラ | よし、ここからは私が指揮をとるぞ。まずは下ごしらえからだ。アルフェン、調味料を用意してくれ。 |
アルフェン | 任せてくれ ! こんなこともあろうかと自作の香辛料をたっぷり―― |
キサラ | ……アルフェン。おせちはそんなに辛くしなくていいんだ。悪いが、しまってくれ。 |
シオン | お米も使うわよね ? 奥の倉庫から持ってきたけど、これで足りるかしら。 |
キサラ | ……シオン。それは村の備蓄食糧だ。来年の分まで食べ尽くさないでくれ。 |
シオン | え…… ! ? し、知らなかったのよ ! |
ロウ | キサラがいると、やっぱ安心感あんな。色んな意味で……。 |
リンウェル | うん……、しっかり暴走を止めてくれるよね。 |
テュオハリム | さて、我々も調理に取り掛かろう。おせちは品目が多い。一つ一つ仕上げていかねば明日の朝に間に合わん。 |
ロウ | よっしゃ ! んじゃ、俺は肉でも焼くぜ ! |
リンウェル | 勝手に適当なもの作っちゃダメだよ、ロウ。そこに調理法が書いてあるでしょ。 |
ロウ | わかってるよ、冗談だって。どれどれ……うわ、面倒くさそうだな。ちょっとくらい省略しても……。 |
リンウェル | もうっ、ダメだってば ! |
キサラ | ……二人とも。口を動かすより手を動かせ。 |
二人 | はい……。 |
テュオハリム | ……ふっ。 |
キサラ | どうしたんです、テュオハリム ?一人で笑って。 |
テュオハリム | いや、懐かしい音楽を聞いたような気がしてね。 |
アルフェン | 懐かしい……俺たちの会話が、ってことか ?改まって言われると、むずむずするな……。 |
リンウェル | あ、音楽っていえば……ここに来た時、村の人の演奏を聴いてたよね、テュオハリム。あれは何だったの ? |
キサラ | あれも新年の催しだそうだ。皆の前で演奏会をするとか。 |
シオン | そういえば、使っていた楽器もなんだか見慣れない形のものだったわね。 |
テュオハリム | うむ。この村の伝統的な楽器だそうだ。『三味線』といって、なかなか面白い音色をしている。 |
テュオハリム | 演奏法や楽曲の様式も、私の知るレナの音楽とはまるで違うのだ。楽曲の流れがゆったりしていると言うべきか……また別の優雅さがある。 |
ロウ | へぇ……、俺にゃ全然わかんねえけどやっぱ風流ってのは世界が違っても通じるもんなのかね。 |
アルフェン | この村での暮らし、本当に楽しんでいるみたいだな。テュオハリム。 |
テュオハリム | ……そうだな。世俗の争いから遠く離れてただ思うままに、この世の風雅を味わう。そのように生きられるのは一つの幸せなのだろう。 |
キサラ | テュオハリム……。 |
ロウ | は〜っ、もうこんな時間かよ。おせち作り、まだ全然終わってないぜ。 |
アルフェン | この調子だと、今日は徹夜になるか……。何とかして間に合わせないとな。 |
キサラ | 疲れたら休んでいていいぞ。明日も色々と忙しくなるだろうからな。 |
リンウェル | だってさ。先休んでていいよ、フルル。 |
フルル | フルゥ〜……。 |
村人 | あの〜、テュオハリムさん。例の物の準備で相談が……。 |
テュオハリム | わかった。すぐそちらに行こう。……皆、しばし外させてもらう。あとを頼む。 |
キサラ | ええ、わかりました。 |
ロウ | ……今話してた『例の物』ってなんだ ? |
キサラ | さあ、私も聞いていないと思う。あちこち手伝っているからな、あの人は。 |
リンウェル | ……ねえ、キサラ。さっき海で話してたことアルフェンたちにも相談したらどうかな。 |
キサラ | そうだな……それがいいかもしれない。 |
シオン | 相談 ? 何の話 ? |
キサラ | ……もしかすると、テュオハリムは我々と一緒に来るより、この村に残ることを望むのではないかと話していたんだ。 |
アルフェン | そう……なのか ? |
ロウ | 俺も面食らったけど、確かに様子を見てるとよっぽどここが気に入ってるみたいだしな。 |
シオン | テュオハリムが…… ?それじゃ、さっきの話はもしかして……。 |
キサラ | 何かテュオハリムから聞いたのか ? シオン。 |
シオン | 神殿に行った時に聞かれたのよ。別の世界に来て、私たちが一緒に行動する理由はなんなのか……とか、そんなようなこと。 |
アルフェン | 俺が外していた時か……。そういえば、何か考え事がある風だったな。 |
リンウェル | そんなこと聞くってことは、やっぱり一緒に来るかどうかで悩んでるのかな……。 |
ロウ | だとしても、どうすりゃいいんだ ?キサラも言った通り、来たくないのを無理に引っ張って連れて行くわけにはいかねえし。 |
シオン | それは……そうでしょうね。 |
アルフェン | ……いずれにしても、テュオハリムが望むことを尊重すべきなのは確かだろう。 |
アルフェン | それに、まだ本人から聞いてはいないんだろ ?俺たちだけで早とちりして、あれこれ気を揉んでも仕方がないさ。 |
キサラ | ……確かに、お前の言う通りだな。私も、少し心が揺れていたのかもしれない。 |
キサラ | 近衛兵として仕えて以来、思えばずっとあの人の傍にいた。それを私はいつの間にか当たり前だと思いすぎていたのかもしれない。 |
アルフェン | 当たり前のことが変わるかもしれない……。大きな変化だ。動揺するのも無理ないさ。 |
キサラ | ああ……だが、考えるのは後にしよう。今はやるべきこともある。 |
アルフェン | そうだな。今はおせち作りを進めよう。キサラ、次は何をすればいい ? |
キサラ | ……まず、そのからしを棚に戻してくれ。アルフェン。 |
アルフェン | う……、わかった。……美味くなると思うんだがな。 |
キャラクター | 8話【お正月8 年明けて】 |
キサラ | ……よし ! これでおせち料理は完成だ !みんな、朝までよくやってくれた。 |
アルフェン | これは壮観だな……。 |
シオン | ええ、味だけじゃなく見た目も一級品だわ。まさに食の芸術ね。 |
ロウ | 俺が巻いた伊達巻もいい感じだろ ?やっぱ自分たちで作ると愛着湧くよな。 |
リンウェル | うん、早く村の人たちに食べて欲しいね。……でも、ロウは途中からぐーぐー寝てなかった ? |
フルル | フゥールル。 |
ロウ | あ、いや、釣りの時に必死で舟漕ぎまくった疲れが出ちまったんだって……。 |
キサラ | ふふ……、あれはなかなか大変だったな。 |
キサラ | さて、ではあの時の鯛もそろそろ焼くとするか。おせちに鯛に、盛りだくさんの元旦になるな。 |
テュオハリム | ……料理の方は順調のようだな。長らく席を外してすまない。 |
ロウ | 気にすんなって。そっちもなんか仕事があったんだろ。もう終わったのか ? |
テュオハリム | いや、まだだ。最後に第三者の意見を聞きたくてね。シオン、少しこちらに来てくれるかね ? |
シオン | ……私 ? 構わないけど……。 |
リンウェル | シオンの意見を聞くって、何だろう ? |
アルフェン | さあな。料理の味見とか…… ? |
ロウ | いや、シオンにそんなことさせたら味見で全部食われちまうだろ。 |
キサラ | さすがに、そこまで飢えてはいないだろう……。それより鯛を運ぶのを手伝ってくれ、ロウ。 |
ロウ | ああ、わかったぜ。よいしょ……やっぱデカいな、この鯛。 |
テュオハリム | キサラ、すまないが君も来てくれるかね ?見て欲しいものがある。 |
キサラ | え ? 私もですか ?一体、何を……。 |
シオン | 来ればわかるわ。 |
キサラ | これは…… ? 衣装、ですか ? |
テュオハリム | 元旦に着る、村の伝統衣装だそうだ。村の皆もそれぞれこの晴れ着を着ると聞いてね。我々の分も用意できないかと相談していたのだ。 |
テュオハリム | 新しい年を迎えるにあたってはやはり装いも新鮮な方が良いだろう ? |
キサラ | テュオハリム……、ありがとうございます。 |
キサラ | ……綺麗な布地ですね。私に似合うかどうか……。 |
シオン | 似合うはずよ、私も助言をしたんだから。ほら、いいから向こうで着替えて。 |
キサラ | あ、ああ……。 |
キサラ | テュオハリム…… ! さすが、よくお似合いです。まさか、一人で着替えたのですか ? |
テュオハリム | いや、着付けを手伝ってくれた彼のおかげだ。 |
村人 | いやぁ、こんなに着替えるのが下手な人は生まれて初めて見ましたよ ! |
シオン | ……私もそんな感想は初めて聞いたわ。 |
村人 | でも、我々の伝統衣装の着方を一生懸命知ろうとしてくれて……村の人間としてはなんだか嬉しかったですよ。 |
キサラ | あなたの熱意と敬意、ちゃんと皆に伝わっているようですね、テュオハリム。 |
テュオハリム | ふ……、私のことはいい。今この場において、真に賞賛されるべきは君をおいて他にいなかろう。 |
キサラ | 私ですか…… ? |
テュオハリム | うむ、異文化の装いを見事に着こなしている。詩を詠みたいところだが、言葉では足りるまいな。 |
キサラ | あ、ありがとうございます。こういう煌びやかな衣装は慣れていませんが……確かに、気分が変わりますね。 |
テュオハリム | そう思ってくれたのなら、準備をした甲斐がある。女性の服飾は門外漢ゆえ、シオンに意見を聞いたが正解だったな。君の髪色にもよく似合っている。 |
キサラ | テュオハリム……。 |
村人 | あの、テュオハリムさん。そろそろ村の者を集めて初詣に出発したいと思うのですが……。 |
テュオハリム | 承知した。では、護衛として同行しよう。 |
シオン | 私とアルフェンも行くわ。またあの魔物が現れたら、今度こそ逃さない。 |
キサラ | 我々も、料理の準備が終わり次第神殿に向かいます。 |
テュオハリム | うむ。では、また後で会おう。 |
ロウ | おっ ! ? キサラ、その格好…… ! |
キサラ | ああ、テュオハリムが用意してくれていたんだ。料理の邪魔にならないよう袖を上げているが、変か ? |
ロウ | いや、変っていうか……。その……大変、魅力的だと思います。 |
リンウェル | なんで敬語になってるわけ ?まったく、もう……。 |
キサラ | それより、鯛の焼き加減はどうだ ? |
ロウ | おう、さっき火にかけたからそろそろだと思うぜ。 |
キサラ | ……うむ、ちょうど良さそうだ。あとは盛り付けをすれば完成だな。 |
キサラ | 生姜を載せて……と。よし、これで出来上がりだ ! |
リンウェル | うん、美味しそう ! やっぱり大物は迫力が違うね。苦労して釣った分、達成感もひとしおだよ。 |
キサラ | そうだろう ? おせち料理も揃ったし村の皆もきっと喜んでくれるだろう。 |
ロウ | ……そういや、テュオハリムとは話したのか ?村に残るかどうかって。 |
キサラ | いや、まだだ。お互い忙しくてな。 |
リンウェル | 結局、どう思ってるんだろうね。テュオハリム。さっきはいつも通りみたいに見えたけど。 |
ロウ | まぁ、表情とか見ても何考えてんのかよくわかんねえとこあるからな……。 |
リンウェル | キサラはどう思ってるの ?私たちより付き合い長いんだしテュオハリムの考えてること、わかるんじゃないの ? |
キサラ | ……いや、私にもそこまではわからない。だが、こうして皆とあれこれ準備をするのを心底楽しんでいるのは確かだと思う。 |
ロウ | ああ、それは俺でもわかるぜ。 |
キサラ | ということは、これからどうするつもりであれあの人自身に迷いはないのだろうと思う。 |
キサラ | ならばアルフェンの言った通り、私があれこれ先走って考えても仕方ないことだ。 |
リンウェル | まぁ、キサラがそう言うなら……。 |
村人 | た、大変です ! 皆さん !神殿に魔物が…… ! |
キサラ | ! やはり戻ってきたのか…… ! |
ロウ | テュオハリムたちが戦ってるはずだ。俺たちも加勢しに行こうぜ ! |
アルフェン | うおおおーっ ! 魔王炎撃破 ! |
魔物 | ギャアアアッ ! ! |
アルフェン | く……っ ! しぶといな……。 |
シオン | アルフェン、下がって ! 回復するわ。 |
キサラ | テュオハリム、無事ですか !村の皆は…… ! ? |
テュオハリム | 無事だ。すでに建物の陰へ避難させた。 |
ロウ | なら、後はこいつをぶちのめしゃいいんだな。俺たち全員相手に、勝てると思うなよ ! |
魔物 | ググ……ギャアッ ! ! |
リンウェル | あっ ! あいつ、逃げようとしてるよ ! |
テュオハリム | 甘い…… ! プレヘンデレ ! |
魔物 | ンギャァッ ! ? |
テュオハリム | この村の平和を阻むものは、もはや貴様だけだ。……逃すわけにはいかん ! |
キャラクター | 9話【お正月9 初詣】 |
ロウ | へへっ、だいぶ弱ってきやがったな !足がふらついてるぜ。 |
魔物 | グルルル……、ガァァッ ! ! |
アルフェン | ! ? こいつ、急に暴れだしたぞ…… !また逃げる気か ? |
シオン | 違うわ ! 避難した人たちを狙ってるのよ ! |
リンウェル | 嘘……っ !星霊術じゃ間に合わない…… ! |
魔物 | グガァァァァッ ! ! |
キサラ | やらせるものかぁぁぁぁーっ !でやぁっ ! ! |
魔物 | ギャウッ ! ! |
ロウ | 盾で止めたっ ! さすがだぜ、キサラ ! |
テュオハリム | ……あえて無力な民を狙うなど。理性なき魔物とて、無粋なあがきは醜いぞ。 |
テュオハリム | 味わうがいい…… ! 大地の鼓動 !インミネイティエクシティオ ! |
魔物 | ギャァァァァッ ! ! |
村人A | おお…… ! テュオハリムさんが魔物を倒してくださったぞ ! |
村人B | さすがテュオハリム様だわ !やっぱり素敵…… ! |
テュオハリム | ……それは違う。私が倒したのではなく『我々』が倒したのだ。六人でな。 |
村人A | は、はい…… !ええと……皆さん、ばんざーい ! |
アルフェン | はは……。 |
アルフェン | それじゃ、村も平和になったことだし俺たちも『初詣』ってのをやってみるとするか。 |
シオン | あの祭壇の前に立って、願い事をするみたいね。 |
リンウェル | 願い事かぁ……。うーん、何にしようかな。 |
ロウ | 今年は去年よりもっと強く……。いや、もっとモテ……。 |
キサラ | ……テュオハリム。少し二人で話せますか。 |
テュオハリム | ? ああ、構わないが。 |
テュオハリム | ……それで、話とは ? |
キサラ | 実は……アルフェンたちと今後について話し合っていたんです。 |
キサラ | 私は、彼らとともに村を出るつもりです。この世界で私が何をすべきか、何ができるのか……もう一度、彼らとともに見つけたいと思っています。 |
キサラ | それでその、テュオハリム……あなたはどうするつもりですか ? |
テュオハリム | ……確かに、まだ君にそれをはっきりと伝えないままだったな。 |
キサラ | ええ。私はあなたが、もしかしてこの村に残りたいのではないかと思っています。 |
テュオハリム | ……ほう ? |
キサラ | ここには平和な時間、深い歴史と文化……それに素晴らしい音楽があります。どれもあなたの求めるものでしょう。 |
テュオハリム | …………。 |
キサラ | どうか、偽りのない本心を聞かせてください。テュオハリム。あなたはこの世界でどう生きたいと思っているのですか。 |
テュオハリム | ……なるほど。君がそこまで言うならば私もはっきりと答えよう。 |
テュオハリム | 私がこの村で、安息を感じていたのは確かだ。闘争とは無縁の穏やかな世界にある種の理想を見てもいただろう。 |
テュオハリム | 領将としてではなく、隣の「テュオハリムさん」として皆に慕われるのは思いの外、新鮮な喜びだった。 |
キサラ | そうですね。私も、あなたのくつろいだ姿を今まで以上に見られた気がします。 |
テュオハリム | ……しかし。いや、だからこそか。私はこの村に残るつもりはない。 |
キサラ | それは、何故です ? |
テュオハリム | どれだけ遠く隔たれた世界にいようとも私は私、テュオハリム・イルルケリスだ。 |
テュオハリム | 私の経てきた過去も、今の私も変わりはしない。これから為すべきことも。 |
テュオハリム | 伝え聞く限り、この村の外にはかつてのメナンシアと変わらぬ民の悲鳴が満ちているという。……ならば止めねばなるまい。 |
テュオハリム | それが私の償いであり、私の望みだ。果たさずして安息を求めることはできん。 |
キサラ | ……わかりました、テュオハリム。その言葉に迷いはないと信じます。 |
テュオハリム | 誤解が解けたようで何よりだ。 |
キサラ | ですが、テュオハリム。それならどうして、シオンにあんな思わせぶりなことを聞いたんです ? |
テュオハリム | 思わせぶり ? ああ……。そういえば、彼女が皆とともにいる理由を尋ねたのだったな。 |
テュオハリム | あれは、そう……興味があったのだよ。シオンというより、私自身の変化に。 |
キサラ | あなた自身の変化……ですか ? |
テュオハリム | あくまで仮定の話だが……私は一人で村を出てアルフェンたちの力を借りずに戦いに身を投じることも出来ただろう。 |
キサラ | ……あなたの力なら、可能でしょうね。 |
テュオハリム | 昔の私ならば、それでよいと思ったはずだ。メナンシアを離れると決めた時も、最初はそのつもりだったのだからな。 |
テュオハリム | だが、いざ村を離れることを考えた時……今の私は、当然のごとく君やアルフェンたちとともに旅する姿を想像していた。 |
テュオハリム | いつからか、彼らとともに過ごし、歩む時間は私にとってそれだけ自然なものになっていたのだ。それが自分でも不思議に思えてね。 |
キサラ | そんな風に思っていたのですね……。やはり、私の完全な早とちりでした。 |
テュオハリム | そう思わせたなら、すまなかった。確かに最近、私は村のことばかりに注力していた。 |
テュオハリム | 私としては、村の皆への餞別のつもりだった。時が来れば、いつでもここを離れられるようにと。 |
テュオハリム | 新年は、新たなる旅立ち……門出の時でもある。我々の門出と、村の皆の門出をともに祝したかった。 |
キサラ | ええ、素晴らしい祝福になったと思います。こうして無事に晴れの日を迎えられたのですから。 |
テュオハリム | うむ、私に出来ることはした。あとは彼ら自身が新たな道を拓いてゆくだろう。メナンシアの皆も今頃はそうしているはず。 |
キサラ | ……ええ、きっと。 |
テュオハリム | 君には色々と、気苦労をかけてすまなかったな。このことは後で私から皆に話そう。 |
キサラ | わかりました。では、戻りましょうか。 |
ロウ | ……で、リンウェルは何を願ったんだ ?俺はやっぱ「もっと強くなりたい」……だぜ。 |
リンウェル | 私はみんなの健康を願ったよ。あと、こっちでもフルルの仲間が見つかりますように ! |
フルル | フルル〜 ! |
アルフェン | 俺も大体そんなようなことだな。テュオハリムは、何を願ったんだ ? |
テュオハリム | 願いとは、己の内に秘めるもの。みだりに口にしては無粋になろう。 |
シオン | そういうものかしら ? しゃべったからって何が変わるわけでもないと思うけど。 |
テュオハリム | ……それと、初詣の願い事は人に話すと叶わなくなるという説も聞いたのでな。 |
ロウ | おい ! ? そういうのは最初に言えよ !もうしゃべりまくっちまっただろ ! |
テュオハリム | ふむ、言われてみればもっともだ。だが、しょせん神頼みなど不確かなもの。真に重要なのは、我々自身の行動ではないか ? |
リンウェル | 今、それを言っちゃう…… ?神頼みする場所だよ、ここ。 |
キサラ | ……ふふ。 |
アルフェン | 何を笑ってるんだ、キサラ ? |
キサラ | いや、テュオハリムの言う『懐かしい音楽』が私にも聞こえた気がしてな。 |
キャラクター | 10話【お正月10 謹賀新年】 |
テュオハリム | ……言うなれば、私という楽器はすでに君たちの奏でる交響曲に織り込まれ宿命の音色は調和の中でこそ響くのであろう。 |
アルフェン | ええと……どういうことだ ? |
テュオハリム | つまり、私という楽器は―― |
シオン | ……いえ、楽器の話はもういいわ。そもそも、何の話をしているの ? |
キサラ | ……コホン。つまり、テュオハリムも村を出て我々とともに来るということだ。 |
ロウ | いや、だったらそう言えよ ! |
テュオハリム | 私はそう言っていたつもりだが。 |
リンウェル | でも、よかったよ。キサラが説得してくれたの ? |
キサラ | いや、最初からそのつもりだったそうだ。アルフェンの言った通り、我々の早とちりだな。 |
テュオハリム | 私としては、再会の一句にもその思いを込めたつもりだったのだが、伝わらなかったようだな。 |
シオン | それは伝わらないわよ……。 |
アルフェン | ……まぁ、早とちりならよかった。やっぱりあんたもいないと、俺たちって感じがしない。 |
リンウェル | そうだね。テュオハリム風に言うと……私たちの交響曲は、みんな揃わないと綺麗に響かないんだよね。 |
テュオハリム | 厳密に言えば、交響曲で用いられる楽器の数は一定というわけではなく―― |
キサラ | ……テュオハリム、そこは流してください。 |
アルフェン | シオン、おせちの量はそれで足りるのか ?まだあまり食べていないみたいだが。 |
シオン | ……ええ、これだけで十分よ。まだ村の人たちにも配るんでしょう。 |
キサラ | 村の皆にはもう配り終えたぞ。ここに残っているのは我々の分だけだ。シオンのために多めに作ったからな。 |
シオン | そ、そう…… ? そういうことなら、もう少しだけいただこうかしら。 |
シオン | これと、これと、これも。あと、これも。これも。……これも。……これも。 |
テュオハリム | ……止まらなくなってしまったな。食事の作法としてはいかがなものかと思うがこれもまた、懐かしき音楽の一つか。 |
アルフェン | 確かに、なんというか調子が心地いいな。 |
シオン | ……あなたたち、人が食べるのをじろじろ見ないでもらえるかしら。 |
キサラ | ロウたちはどうだ ? 餅つきは順調か。 |
リンウェル | うーん、結構難しいね、これ……。よいしょっ……あ。 |
ロウ | いってぇぇっ ! ! |
リンウェル | ごめん ! 臼の中を狙ったんだけど……。次こそちゃんと当てるから ! |
ロウ | さっきもそう言ってただろ、お前 !もういいから俺と交代しろよ ! |
リンウェル | えーっ、でも杵が手に当たったら痛いでしょ。 |
ロウ | 俺は今まさに痛いんですけど ! ? |
フルル | フルゥ〜……。 |
リンウェル | フルルも、ロウなら丈夫だから平気だって。わかってるね〜、フルル ! |
ロウ | 嘘つけ、絶対そんなこと言ってないだろ !フルルも心配そうな顔してんじゃねえか ! |
テュオハリム | ……どれ、私も試してみるとしようか。杵を貸してみたまえ、リンウェル。 |
リンウェル | はい、どうぞ。テュオハリムなら私より上手そうだね。 |
テュオハリム | それは使ってみねばわかるまい。……ゆくぞ。 |
テュオハリム | はっ ! ……ふんっ !やぁっ、とうっ ! |
アルフェン | おお…… ! 華麗な杵さばき !やはり、こいつはいい武器になりそうだな……。 |
キサラ | ……テュオハリム。振り回していないで、餅をついてください。 |
テュオハリム | うむ、わかっている。手に馴染ませていたのだ。 |
テュオハリム | 君もどうかね、キサラ ? 新たな文化を知るには自ら体験するのが何よりの近道だぞ。 |
キサラ | では、ご一緒しましょう。代わってくれるか、ロウ ? |
ロウ | おう、後は頼むぜ。 |
テュオハリム | では、参ろうか。……やっ ! |
キサラ | はい ! お見事です。さぁ、もう一度 ! |
アルフェン | さすがだな、二人とも息がぴったりだ。 |
シオン | ええ、この調子なら美味しいお餅が食べられそうね。 |
テュオハリム | なんとも言えず柔らかく絶妙な歯ごたえ。これが餅というものか……。うむ、美味なり。 |
キサラ | こんな風に、具の入ったスープの中に餅を入れたものを『お雑煮』というそうだ。餅の食べ方はそれだけではないらしいがな。 |
シオン | ええ、色々な食べ方ができそうだわ。しょっぱくしても、甘くしても良し……後で試してみましょう。 |
アルフェン | 俺はさっき使い損ねた調味料で辛いのを作ってみるかな……。 |
テュオハリム | 皆、すでに餅の虜になっているようだな。さもあらん、これはただの珍味ではない。この村が培ってきた歴史と文化の味なのだ。 |
リンウェル | 美味しいのは認めるけど、「歴史の味」って言うとなんか埃っぽそう……。 |
ロウ | 面白い食い物だよな。ほら、引っ張るとすげえ伸びるぜ。 |
テュオハリム | 慧眼だな、ロウ。そう、この伸縮性こそが餅の真髄なのだ。見よ、この長さを…… ! |
キサラ | ……二人とも、食べ物で遊ぶんじゃない。子供じゃないんですから。 |
シオン | そうよ、食べ物に対して失礼だわ。それにテュオハリム、あなたは食事の作法に厳しかったでしょう。 |
テュオハリム | 無論だ。これは決して遊んでいるわけではない。 |
テュオハリム | おせち料理の食材や、鯛の名前と同様にこの餅にも民の願いが込められている。私はそれに思いを馳せていたのだ。 |
アルフェン | へえ、どんな意味があるんだ ? |
テュオハリム | 餅は見ての通り、長く伸びるであろう。それが転じて、皆の長寿を願う料理として新年に食す習慣になっているのだ。 |
リンウェル | なるほどね〜。なんか、ちょっといい話だね。 |
テュオハリム | 別の地域では、また違った謂れがあるのかもしれんが少なくとも、ここではそのように伝えられている。 |
キサラ | テュオハリム……もしかして、それが初詣であなたの願ったことですか ? ……皆の長寿を、と。 |
テュオハリム | さてな……。 |
ロウ | ふーっ、美味かった !まだ餅米は残ってるんだよな ? |
キサラ | ああ、たっぷり炊いてあるぞ。 |
ロウ | んじゃ、また餅つきやってみようぜ。今度は俺が杵を使うからな ! |
アルフェン | なら、俺が合いの手をやろう。 |
シオン | 手を砕かれないようにね。 |
ロウ | 心配しなくても、そんなに失敗しねえって。リンウェルじゃあるまいし。 |
リンウェル | 何それ ! ? |
キサラ | ……やれやれ、相変わらずだな。ほらほら、みんな喧嘩するな ! |
テュオハリム | 願わくば、幾年も長く息災で……ともに時を過ごせるように。 |