キャラクター | 1話【双拳1 異常気象】 |
アルフェン | ……みんな、揃ったか ? |
テュオハリム | いや。まだ、ロウの姿がないようだ。 |
リンウェル | 大丈夫かな。もしかして、どこかで凍えてたり……。 |
キサラ | 心配しすぎだろう。きっとそろそろ―― |
ロウ | う~、さみぃさみぃ……。 |
リンウェル | 遅いよ、ロウ !もうとっくにみんな揃ってるのに。 |
ロウ | 悪い、悪い。ちょっと居眠りしちまってさ。寒すぎてそのまま死んじまうとこだったぜ。 |
リンウェル | ちゃんと窓閉めなきゃ駄目だよ。寝る時は毛布をかぶって……。 |
ロウ | あー、もう、わかってるって。 |
キサラ | シスロディアの気候に慣れているロウがその様子ならやはりこの寒さは尋常ではないんだな。 |
シオン | ええ。こんな寒さ、ダナでもティル・ナ・ノーグでも感じたことがないわ。 |
アルフェン | 他の大陸のみんなにも聞いてみたが、この異常気象はシスロディア大陸だけで起きているようだ。 |
テュオハリム | シスロデンの周囲を渦巻く、猛烈な寒波。加えて、空の分厚い雲……。 |
ロウ | おかげで昼間っからこの暗さ……本当、気分悪いぜ。まるでガナベルトの野郎がいた頃のシスロディアじゃねえか。 |
リンウェル | さすがに、あの頃みたいに集霊器で光を奪われてるわけじゃないから、晴れ間もなくはないけどね。その代わり、寒さはもっとひどいかも……。 |
キサラ | 寒波に加えて日も差さなければ、作物が育たない。このまま長引くと、深刻な食糧不足が起きてしまうぞ。 |
シオン | ええ、これは命に関わる重大問題よ…… !最優先で解決しましょう。 |
アルフェン | ……さすが、食べ物が絡むと気合が入るな。 |
シオン | そ、そういうわけじゃないわよ…… !命に関わるのは事実でしょう ? |
テュオハリム | うむ。飢えに限らず、衣食住の不足は人の心を荒廃させてしまうものだ。聞けば街でも小競り合いが増えているとか。 |
ロウ | ああ。俺も昨日、喧嘩の仲裁に駆り出されたぜ。夜中に何事かと思ったら、食いもんの奪い合いだとさ。 |
リンウェル | なんだか悲しいね、そんなの……。 |
キサラ | 連日の大雪で、道の往来も難しくなっているからな。街中ではすでに物資がなくなりかけている。 |
テュオハリム | アルフェン。聞いたところでは、問題が起きているのはシスロデン周辺だけではないそうだな ? |
アルフェン | ああ、そうなんだ。こっちが寒波に見舞われてる一方で火山地帯は逆に暑くなってるらしい。 |
ロウ | マジか ! ?ちょっとそっちに行って、あったまりてえな。 |
リンウェル | そんなこと言って、向こうに行ったら今度はこっちで涼みたいとか言うんでしょ。 |
シオン | どれくらいの暑さなの ?あの辺りはカラグリアに似た気候だったから以前から暑くはあったわよね。 |
アルフェン | 断片的な情報しかわからないが、外に出てるだけで火傷しそうなぐらいだとか……このままじゃ命の危険があると報告が来てる。 |
キサラ | なんてことだ……。すぐにでも救援に行かなければならないな。 |
アルフェン | 問題は、どう助けるかだ。住民たちをこちら側に避難させるにしても今度は寒さに対処しなきゃならない。 |
テュオハリム | 物資の不足も、人数が増えればより深刻になる。ふむ……問題は山積みだな。 |
シオン | 異常気象の原因はわからないの ?根本的な解決ができないと、いずれ手詰まりだわ。 |
アルフェン | 一応、キールたちに相談はしている。研究室のみんなで色々調べてくれているが原因はまだわからないそうだ。 |
リンウェル | うーん……キールたちにもわからないんじゃ本当に謎なんだね。 |
アルフェン | ただ、仮説はあると言っていた。少し前にビエゾが火山地帯で集霊器を使っただろう ? |
ロウ | ああ、あれがぶっ壊れた時はすごかったよな。でっかい炎の化け物が出て来てさ。 |
アルフェン | キールの話では、まさにあの炎の怪物が周囲の均衡を崩してしまった可能性があるそうだ。 |
シオン | でも、あの怪物はあなたが炎の剣で消滅させたわよね ? |
アルフェン | そう思っていたんだが、どうやら完全には消えていなかったんじゃないかと言っていた。 |
アルフェン | 力の不均衡がどうとか……説明を聞いても、俺にはよくわからなかったが。 |
テュオハリム | なるほど……ありえぬ話ではないな。集霊器に集まっていた力はそれほど莫大だった。 |
ロウ | ま、要するに原因はあの辺にあるってことだろ ?じゃあまた行ってみるしかねえよな。 |
テュオハリム | うむ。原因の究明と、熱波に苦しむ民の救援。いずれにせよ直接行かねば何もできまい。 |
アルフェン | 俺もそれがいいと思う。みんな、一緒に来てくれるか ? |
シオン | そんなこと、当たり前でしょう。確認するまでもないわ。 |
キサラ | ……その迷いのなさは、食糧のためなのかそれともアルフェンのためなのか。どちらなのだろうな ? |
シオン | なっ…… ! ? |
ロウ | メシのためだな。 |
リンウェル | アルフェンのためでしょ。 |
シオン | いい加減にしなさいよ、あなたたち……。 |
テュオハリム | ふむ。その反応を見るに両方といったところか。『寒風に 心乾けば 腹の音も泣く』 |
シオン | か、勝手に変な詩を詠まないで ! |
キサラ | なるほど。食糧が足りなければ、人と人が心を通わす余裕もなくなるという意味ですね。 |
アルフェン | 相変わらず、よく伝わるな……。 |
アルフェン | まあ、確かにテュオハリムの言う通りだ。準備ができたら、出発しよう ! |
ロウ | おう ! |
テュオハリム | ……変な詩、か……。 |
キサラ | そんなことで落ち込まないでください。テュオハリム……。 |
キャラクター | 2話【双拳2 村への使者】 |
アルフェン | この村まで来れば、火山地帯はもうすぐだ。……みんな、大丈夫か ? |
シオン | 大丈夫じゃ……ないわよ……。 |
ロウ | ざみい……鼻水が凍っちまう……。 |
リンウェル | 汚いなあ、もう。……へくしゅん ! |
キサラ | リンウェル、お前も気をつけた方がいい。この寒さは命に関わるぞ。 |
テュオハリム | 手足が冷えれば、戦いでの動きも鈍くなる。ここで少し休んだ方がいいかもしれんな。 |
シオン | そうね……。アルフェン、あなたも寒さを感じないからって油断しない方がいいわ。 |
アルフェン | 確かになんとなく体が鈍くなってきた気がする。気をつけるよ、ありがとう。 |
ロウ | ……ん ?なんか、向こうが騒がしいぜ。 |
村人A | ……全く、どうしてあんな奴を村に入れたんだ !使者とかなんとか言って、信用できるのか ? |
村人B | 火山の方から来たのは確かみたいだがな。避難を手助けしてくれと言われても、こっちは自分たちの生活も限界だってのに……。 |
村人A | まったくだ ! 今の状態で、避難民なんて入ってきたら俺たちは飢え死にしちまうぞ。 |
村人B | いっそ追い出してしまったらどうだ ?吹雪で野垂れ死のうが、俺たちの知ったことじゃない。 |
ロウ | おい ! あんたら、何を話してんだ ?追い出すとかなんとか物騒な言葉が聞こえたぜ。 |
村人A | え ? あ、いや……。 |
村人B | 火山の方から、避難を手伝えって使者が来たのさ。いい迷惑だよ。こっちも死にかけてるってのに。 |
アルフェン | 厳しい時だからこそ、みんなで助け合う必要があるんじゃないのか。 |
村人A | ……そんな綺麗事言われてもな。俺たちゃこの天気で生きるのも精一杯なんだ。 |
アルフェン | 食糧が足りないのはよくわかってる。大雪で時間がかかっているが、俺たちの仲間が物資を運んできてくれている。 |
アルフェン | だから、もう少しだけ辛抱してくれ。苦しい者同士で憎み合っても何も生まれない。 |
村人B | へっ……辛抱なら、毎日してるさ。もう行こうぜ。 |
村人A | ああ……。 |
リンウェル | ……なんだか、悪い意味で昔を思い出すね。みんな余裕がなくて、お互いの悪口ばっかり。 |
シオン | 元の世界のシスロディアのことね。密告社会で、誰も彼も疑い合っていた……。 |
ロウ | ……できれば、思い出したくねえな。〈蛇の目〉にいた頃は、俺もそのムカつく状況を作る側だったんだ。 |
アルフェン | ロウ一人が責任を感じることじゃないさ。国中がそういう状況だった。 |
ロウ | 俺一人のせいとまでは思ってねえけどさ。俺自身がやっちまったことは忘れられねえよ。親父のこともあるしな……。 |
テュオハリム | ……ガナベルトはおそらく、そんな風に民衆一人一人に罪悪感を抱かせることで自分が支配しやすい状況を作っていたのだろうな。 |
ロウ | えっと、つまり……俺が昔を引きずってんのもあいつの思惑通りってことか ? |
テュオハリム | そういう側面もあるということだ。己の罪の重さを忘れるのが、良いことだとは私も決して思わぬよ。 |
アルフェン | ……しかし、どうもすっきりしないな。 |
シオン | どうしたの ? アルフェン。 |
アルフェン | 当時のシスロディアにはレナの支配があった。少し前はこの世界でも帝国という支配者がいた。 |
アルフェン | でも、今はそうじゃない。誰かに強制されたわけでもないのにお互いがお互いを疑い、憎み合っているんだ。 |
シオン | しっかりして、アルフェン。支配者がいなくても、原因ははっきりしてるじゃない。 |
シオン | だったら、その原因を除けばいいだけよ。やることは同じ。そうでしょう ? |
アルフェン | ……そうだな。ありがとう、シオン。 |
リンウェル | これから、どうする ?このまま火山地帯に向かうのもいいけど……さっき言ってた『使者』って人も気になるよね。 |
アルフェン | ああ、俺も話を聞いてみようと思っていた。向こうがどんな状況かも知っておきたいからな。 |
ロウ | んじゃ、そのへんの人に聞いてみようぜ。使者ってのがどこにいるか知ってるだろ。 |
キサラ | 火山地帯から来た使者がいるのはこの宿で合っているか ? |
宿の主人 | ええ、奥の部屋で寝てます。あの人、村に着いた時から疲れ果てた様子でねえ。話を終えるなり倒れちゃったんですよ。 |
シオン | 無理もないわね。灼熱の火山地帯を抜けて、今度は吹雪の中をここまで歩いてきたんだもの。 |
テュオハリム | 眠っているのなら、まだ話は聞けぬだろうが……我々で治療の手助けができるかもしれんな。 |
アルフェン | ああ、部屋に行ってみよう。 |
宿の主人 | どうぞ、この部屋です。 |
テュオハリム | あの男が例の使者か。なるほど、体格からして屈強な人物のようだな。 |
リンウェル | …………えっ ?そ、そんな………… ! |
二人 | ! ! |
キサラ | ? どうした ?リンウェル……アルフェン、シオンまで。様子がおかしいぞ。 |
ロウ | もしかして、知ってる顔か ?俺にも見せ―― |
ロウ | …………嘘……だろ…… ? |
ジルファ | …………。 |
ロウ | 親父…… ! ! |
キャラクター | 3話【双拳3 思わぬ再会】 |
ジルファ | う……誰だ……。誰か、そこにいるのか…… ? |
リンウェル | ジルファ ! !よかった……よかった、目が覚めて……。 |
ジルファ | ……リンウェル、か ?それにお前たち…… ! ? |
シオン | 治癒術が効いたようね……。無事に目が覚めてよかったわ。 |
アルフェン | ジルファ、本当に……ジルファなんだな。 |
ジルファ | ……妙なことを聞くんだな。リンウェル ? お前、泣いてるのか ? |
リンウェル | な、泣いてな……ぐすっ。だって、だってジルファが……。 |
ジルファ | 何がどうなってるかわからんが……いったん顔を拭いて落ち着け。俺はどこにも行ったりしない。 |
リンウェル | でも……ううん、そうだよね。ごめん。 |
ジルファ | 謝らなくていい。俺も、お前たちにまた会えて嬉しいぞ。 |
アルフェン | ……ああ。こっちの台詞だ、ジルファ。また、会えてよかった。 |
ジルファ | ダナでも、レナでもない……ティル・ナ・ノーグ。そこに『具現化』された、と ? |
シオン | 混乱するわよね。わかるわ、その気持ち。 |
ジルファ | まあ、な。細かいところはわからんが……漠然と感じていたことの確信は得られた。 |
ジルファ | ……俺がおかしな場所で目を覚ましたのはもうかなり前のことだ。そこは、カラグリアともシスロディアとも似つかない緑豊かな土地だった。 |
キサラ | それは……もしや、メナンシアが再現された土地なのだろうか。 |
ジルファ | おそらく、そういうことなんだろう。そこの連中は、俺がいくら尋ねてもダナもレナも聞いたことがないと言った。 |
ジルファ | 妙な感じだった……。奴隷もいないし、食うにも困らない土地なんてな。 |
アルフェン | そこから、どうして火山地帯へ行ったんだ ? |
ジルファ | あそこでの暮らしは確かに平和だった。だが、俺はどうしてもお前たちや〈紅の鴉〉のことが頭から離れなかった。 |
ジルファ | 俺が急にいなくなって、どうしているか。今もどこかで戦っているのなら、俺だけがのうのうとしているわけにはいかない。 |
ジルファ | そう思って、旅を始めた。あちこち彷徨って……少し前にたどり着いたのがあのカラグリアに似た土地だ。 |
テュオハリム | 故郷の面影を求めて、か。 |
ジルファ | だが……結局『似ている』だけだった。あそこに俺を知る者は一人もいなかった。ガナルもネアズも、誰もな……。 |
リンウェル | ……つらかったよね。 |
ジルファ | そうだな。カラグリアにはつらい記憶も、いい記憶も無数にある。俺が生きてきた世界そのものだった。 |
ジルファ | どうしたものかと思ったが……ちょうどその頃、あの辺りは何か事件の後で混乱しているようだった。 |
ジルファ | なんでも『ビエゾ』が倒されたとかって噂を聞いたが……まさか、本物のビエゾだったのか ? |
アルフェン | ああ。だが、俺たちが倒したよ。 |
ジルファ | ははっ ! さすが、よくやったな。二度もお前に破れれば、あいつも地獄で少しは懲りるだろうよ。 |
シオン | 懲りる頭があるとは思えないけど。まあ、今度こそ二度と会うことはないでしょうね。 |
ジルファ | そう願おう。 |
ジルファ | ……ビエゾ亡き後の火山地帯は、誰もが疲れ切っていて助けが必要に思えた。 |
アルフェン | そうだな……俺たちの組織もできる限り支援したが、復興は時間がかかっていた。 |
ジルファ | その様子を見ていたら、離れがたくてな。俺の知るカラグリアでなくとも人が苦しんでるのは同じだ。 |
ジルファ | あてのない郷愁のために放浪を続けるより俺は残って復興の手伝いをすることを選んだ。少しでも、皆の助けになろうと思ってな。 |
ジルファ | そうこうしているうちに、気づけば周りの連中にあれこれ頼まれて、まとめ役みたいになっちまった。そして、今に至るというわけだ。 |
アルフェン | ジルファらしいな……。やっぱり、あんたは指導者の器なんだな。 |
ジルファ | よしてくれ、そんな大層なものじゃない。お前こそ、見ないうちに仲間が増えたようじゃないか ? |
アルフェン | ああ、この二人は―― |
テュオハリム | テュオハリム・イルルケリス。エリデ・メナンシアの元領将だ。以後、見知りおき願おう。 |
ジルファ | 領将、だと…… ! ? |
キサラ | テュオハリム、いきなりその自己紹介は……。 |
ジルファ | ふっ……はははは ! |
ジルファ | レナ人だとは思ったが、これはまたずいぶん大物だな。こちらこそよろしく頼む、テュオハリム。 |
テュオハリム | ……領将の名ごときでは動じないか。アルフェンたちから話はかねがね聞いていたが確かに、その通りの人物だな。 |
ジルファ | こいつらの仲間だって言うならそれだけのことさ。 |
キサラ | 私はキサラだ。メナンシアで、テュオハリムの近衛兵をしていた。今は互いに対等な仲間だがな。 |
ジルファ | なるほど。面白い連中を集めたものだ。この五人で戦ってきたわけか。 |
キサラ | いや、仲間はもう一人いるのだが……。こんな大事な時に、ロウはどこへ行ったのだ ? |
ジルファ | ……ロウ ? ロウ、と言ったか ?まさか……いや、同じ名前か。偶然にしては……。 |
アルフェン | いや、同じ名前というか……。 |
シオン | ……シッ。この反応……多分、ジルファはまだロウと『出会って』いないんだわ。 |
アルフェン | あ ! ……そういうことか。 |
ジルファ | どうした ? |
シオン | ……ジルファ。私たちの仲間のロウは、確かにあなたの息子よ。 |
ジルファ | なんだと…… ! ?本当なのか、それは ! |
ジルファ | いや、嘘などつくはずもないか。すまん……予想もしてなかったもんでな。 |
シオン | 元の世界であなたと別行動になって……それから出会って、仲間になったの。 |
リンウェル | う、うん ! そうなんだよ。ジルファとは全然似てなくて、ガサツで単純だけどでも……いい仲間だよ。 |
ジルファ | そうか……。そうか、あいつ……生きていたか。 |
ジルファ | ロウ……。 |
ロウ | ……この声。はは……マジで親父の声だ……。 |
ロウ | ちくしょう、なんでこんな……涙が……。顔合わせらんねえじゃねえかよ……。 |
ロウ | ……親父……。 |
キャラクター | 4話【双拳4 ぎこちない二人】 |
ジルファ | さて……話したいことはいくらでもあるが今はこのぐらいにしておこう。いつまでも寝ているわけにはいかない。 |
リンウェル | ジルファ ! ?駄目だよ、まだ起きちゃ ! |
シオン | リンウェルの言う通りよ。傷は治したけれど、消耗した体力が戻ったわけじゃないんだから。 |
ジルファ | ああ、治療には感謝してる。お前には世話になりっぱなしだな、シオン。 |
シオン | 何を急に……当たり前でしょう。怪我しているのを放ってなんておけないわ。 |
ジルファ | 当たり前、か。変わったな。昔は「必要だったから」なんて言っていただろう。 |
シオン | は、話を逸らさないで。とにかく、あなたはまだ休息が必要よ。 |
ジルファ | ……今は休めないんだ。俺が行かないと、死んじまう奴らがいる。 |
キサラ | 火山地帯の民のことだな。状況はそれほどひどいのか ? |
ジルファ | ああ、カラグリアで育った俺がうんざりするほどだ。猛烈な日差しで大地も乾き、飲み水さえ確保できない。 |
アルフェン | そこまで切迫していたのか……。 |
ジルファ | こちら側の住民に手を借りるか、あるいは一時避難する場所でも借りられればと思ったが……それも厳しい状況だということはよくわかった。 |
ジルファ | しかし、少なくとも寒冷地帯に近い場所まで皆を避難させる必要がある。境界のそばまで来れば対処のしようもあるしな。 |
テュオハリム | 雪を溶かせば水になる。あるいは氷で体を冷やすこともできる、か。 |
ジルファ | そういうことだ。こちら側まで入ると、今度は吹雪をしのぐ必要がある。双方行き来できる場所で対処するのが現実的だろう。 |
ジルファ | 俺はすぐに戻って、準備にかからなきゃならない。あいつらの命を背負ってるからな。 |
ロウ | ……だったら。なおさら、一人で行くんじゃねえよ。 |
リンウェル | ロウ ! 戻ったんだね。 |
ジルファ | ロウ…… ! ! |
ロウ | その……久しぶりだな、親父。話は聞こえたぜ。 |
ジルファ | …………そうか。 |
アルフェン | ロウの言う通りだ、ジルファ。火山地帯なら、目的地は俺たちと同じ。 |
アルフェン | 一緒に行こう。だから……頼むから、無茶はしないでくれ。 |
ジルファ | ……わかった。 |
ロウ | …………。 |
ロウ | ……んじゃ、決まりだな。俺は荷物の準備してくるぜ。 |
リンウェル | あ……ちょっと、ロウ ! ?そんなすぐに……。 |
キサラ | 久しぶりの再会で、気まずいところもあるのだろうな。 |
ジルファ | ……いや。あいつはきっと、まだ俺のことを怒っているんだろう。 |
ジルファ | あいつにとって俺は、戦いのために母親と自分を見捨てた身勝手な父親なんだ。……俺も、それを否定できなかった。 |
リンウェル | でも、ロウは…… ! |
アルフェン | リンウェル。今はそっとしておこう。 |
リンウェル | ……わかった。出発まで、ちゃんと休んでね ! ジルファ。 |
ジルファ | ああ、そうさせてもらう。 |
ロウ | ……はぁ。くそっ、どうすりゃいいんだよ……。 |
リンウェル | ロウ ! 何してるの、こんなとこで。 |
ロウ | うわっ ! ?急に話しかけてくんなよ ! |
リンウェル | 急じゃないよ !ロウが気づかなかっただけでしょ。 |
ロウ | そりゃ……悪かったな。なんか用かよ。 |
リンウェル | なんか用か、じゃなくて !どうしてジルファにあんな態度取ったの ? |
ロウ | あんなって、どんなだよ。 |
リンウェル | なんかツンツンしちゃってさ。全然嬉しくなさそうだったよ。 |
リンウェル | せっかくまたお父さんに会えたのに…… !ねえ、どうして ? |
ロウ | どうして、って―― |
ロウ | ……俺にも、わかんねえよ。本当にわかんねえんだ、どうすりゃいいのか……。 |
リンウェル | ロウ……。 |
ロウ | 親父が死んだ時……俺は言いたいことも聞きたいこともたくさんあったんだ。でも、いざ目の前にしたら何も言えなくなっちまった。 |
ロウ | どんな顔すりゃいいのかもわからねえ。俺は―― |
ロウ | 俺は、親父に取り返しのつかないことをしちまった。親父が死んだのは、俺のせいなんだぜ。 |
リンウェル | 違うよ !ロウのせいじゃ…… ! |
ロウ | 確かに、手を下したのはガナベルトの野郎だ。でも、親父を捕えたのは他でもない俺なんだ。俺がこの手で、自分の意思でレナに引き渡した。 |
ロウ | あの時俺がいなけりゃ、親父は〈蛇の目〉なんてぶん殴って切り抜けてたに決まってるしな。 |
リンウェル | それは、そうかもしれないけど……。 |
ロウ | ……ずっと忘れられねえんだよ。あの感触。無抵抗の親父をぶん殴った時の最低の感触を、今でも拳が覚えてるんだ。 |
ロウ | なのに、今は何も知らねえ親父が目の前にいるんだぜ ?謝ろうにも、向こうは心当たりもねえって……。 |
ロウ | どうすりゃいいのか、わかんねえよ。どう償えばいいのか……。 |
リンウェル | …………。 |
ロウ | ……なんだよ。お前までそんな顔すんなって。 |
リンウェル | だって……だって、ロウ…… ! |
ロウ | 気にすんなよ。これは俺と親父の問題だ。 |
ロウ | お前は先に戻ってろよ。俺もすぐ行くから。 |
リンウェル | うん……、わかった。 |
ロウ | ……はぁ。こんな気分になんのも、俺がやったことへの罰なのかもしれねえな。 |
キャラクター | 5話【双拳5 火山を目指して】 |
テュオハリム | くっ……すさまじい吹雪だな。立ち止まると吹き飛ばされかねん。 |
キサラ | か、かか……火山が見えているのにお、おおお、おかしなもの、です……。 |
ジルファ | ダナも同じだったはずなんだがな。互いの土地が見えなかっただけで。 |
リンウェル | そうそう !シスロディアからカラグリアに着いた時は空気が熱くて溶けちゃうかと思ったよ。 |
ロウ | 今回は、もっと温度差がキツいかもしれねえ。気をつけろよ、リンウェル。 |
リンウェル | むっ……なんで私にばっかり言うの ?ロウだっていつもの格好で寒いんでしょ。 |
ロウ | 俺は鍛えてるから平気なんだよ。 |
リンウェル | ……さっき、くしゃみしてたくせに。 |
ロウ | そっ、それよりお前、初めてカラグリアに行った時は倒れちまったんだろ ?だから俺は気をつけとけって―― ! |
リンウェル | あの時は本当に必死だったし―― |
キサラ | ……さ、さささ寒さで、仲裁する気も……アルフェン、任せる、ぞ……。 |
アルフェン | ああ。二人とも、その辺にしておけ。そんなことで体力を使うと後が大変だぞ。 |
リンウェル | あ……そうだよね。ごめん、つい。 |
ロウ | わかってるって。俺なら平気―― |
ロウ | ――ぇっくしょい !……だぜ。 |
シオン | もう少し進んだら、火を起こして温まった方がよさそうね。 |
アルフェン | ああ、そうだな。その時は頼む、シオン。 |
ジルファ | …………。 |
アルフェン | どうした、ジルファ ?体は大丈夫か ? |
ジルファ | ああ、なんともない。ただ、お前もずいぶん変わったと思ってな。 |
アルフェン | そうか ? いい方向にだと思いたいが。 |
ジルファ | もちろん、そうだ。見ないうちにすっかり貫禄が出た。 |
アルフェン | きっと、鎧のせいだろう。過去のダナ人が使っていたものらしい。 |
ジルファ | そんな上辺のことじゃない。抵抗組織とやらの話は、この大陸のあちこちで聞いた。まさか、お前がそれを率いていたとはな。 |
アルフェン | 率いてるなんて言われると、しっくり来ないな。俺は今もみんなに頼りっぱなしだ。 |
ジルファ | お前自身も、皆に頼られている。見ていればわかるさ。 |
ジルファ | 新しい仲間はもちろん、シオンとリンウェルも昔以上にお前を信頼してる。 |
アルフェン | そう……なんだろうか。自分じゃよくわからないが。 |
アルフェン | だが、もしそうなれているなら……それはあんたにたくさん教わったおかげだ。 |
ジルファ | 俺が何をしたって ? |
アルフェン | あんたは奴隷だった俺に、自分自身として生きる道を示してくれた。あんたがいなかったら今の俺はいない。 |
ジルファ | ふっ……そいつは光栄だな。 |
ジルファ | だが、俺の言葉はしょせん俺の考えだ。それだけに従っていれば、お前自身の心を見失うぞ。 |
アルフェン | 「俺の奴隷になるな」……だよな。わかっているさ、ジルファ。 |
ジルファ | ……そうか。余計な心配だったな。 |
アルフェン | ダナでもティル・ナ・ノーグでも俺は多くのものを見て、ずっと探し続けてきた。本当の、自分自身の答えを。 |
アルフェン | まだ道は半ばだが……あんたに会えたら話したいことがたくさんあったんだ。今は本当に、それを話せるんだな。 |
ジルファ | 話したければいつでも言ってくれ。今は、やるべきことが優先だがな。 |
アルフェン | ……ジルファ。その言葉、ロウにもかけてやってくれないか。 |
ジルファ | …… ! |
アルフェン | あいつもきっと、話したいことがたくさんある。すぐには言い出せないかもしれないが……。 |
ジルファ | ロウ……か。あいつは、お前から見てどんな男だ ? |
アルフェン | え ? |
ジルファ | 俺は離れていた時間が長すぎてな。今のあいつがどんな人間なのか、わからない。 |
アルフェン | ……そうだな。ロウは努力家で、まっすぐでいつも俺たちに突破口を開いてくれる。頼もしい仲間だよ。 |
ジルファ | ふ、そうか……。 |
アルフェン | 嬉しそうだな、ジルファ。 |
ジルファ | 俺が最後に覚えているあいつは、怒りに満ちて危げな子供だった。 |
ジルファ | そんなあいつが、お前の言うように立派に成長できたのなら、これほど嬉しいことはない。きっとお前のおかげなんだろう。 |
アルフェン | いや、ジルファ。それは違う。 |
アルフェン | 俺たちは確かにお互い支え合ってきたが……ロウが成長したのは、ロウ自身の努力の結果だ。 |
ジルファ | そうか……確かにそうだな。俺はまだあいつを子供と思っていたのかもしれん。 |
アルフェン | 親ってのはそういうものなんだろう。それに、ジルファ。あんたの存在はロウにとって何よりも大きな目標になっていたはずだ。 |
アルフェン | だから、きっとロウにとっても同じなんだ。離れていても、あんたはロウの『親父』だった。 |
ジルファ | ……アルフェン。ありがとうよ。 |
ロウ | …………はぁ……。 |
キサラ | ロウ、大丈夫か ? |
ロウ | あ、ああ……大丈夫だ。別に寒くねえよ。 |
キサラ | そういうことではなく、だな……。 |
テュオハリム | つまり、父親とのことで何か悩んでいるなら我々も話を聞くということだ。 |
ロウ | 大将まで……なんか格好悪いな、俺。心配ばっかかけちまって。 |
キサラ | そんなことを気にするな。仲間だろう ? |
ロウ | ……ありがとな。でも、もう少し俺一人で考えてえんだ。 |
テュオハリム | そうか。ならば、野暮は言うまい。 |
キサラ | 丸く収まるのでしょうか、あの二人。 |
テュオハリム | ふむ。実のところ、私はさほど心配していないのだ。 |
キサラ | どうしてです ? |
テュオハリム | ロウもジルファも、つまるところ互いを気遣うがゆえ接しあぐねているのだろう。ならば、きっかけさえあれば氷はすぐに溶けよう。 |
キサラ | その『きっかけ』が難しいから、悩んでいるのだと思いますが……。 |
キサラ | ……でも、そうですね。上手くいって欲しいものです。過去に何があろうと……家族なんですから。 |
キャラクター | 6話【双拳6 心の壁】 |
ロウ | ……そろそろ、火山地帯との境界だな。寒さがちょっとは和らいできたぜ。 |
リンウェル | ? ねえ、あそこ……人が集まってるよ。こんな場所で何してるんだろう。 |
アルフェン | 何か言い争って――いや、武器を向け合っているのか ! ?まずい、すぐ止めに行こう ! |
ジルファ | ! あいつらは…… ! |
火山地帯の住民 | それ以上近づくな !俺たちは命懸けなんだ、覚悟はできてるぞ。 |
寒冷地帯の住民 | それはこっちの台詞だ !村には一歩も入れさせるものか ! |
ジルファ | お前たち、何をしている !俺はこんなことをしろと言った覚えはないぞ。 |
火山地帯の住民 | あっ、ジルファさん…… ! ?無事だったんですね ! |
テュオハリム | 薄着の彼らは、ジルファの知り合いかね ? |
ジルファ | ああ、俺の仲間だ。動く元気のある奴を集めて周辺の調査をさせていた。それがどうしてこんなことになっている ? |
火山地帯の住民 | お、俺たちは悪くないっすよ !ただ、ジルファさんの指示通りにこの辺りを調査してたんです。 |
火山地帯の住民 | そうしたら、こいつらが近づいてきて武器を向けやがって…… ! |
寒冷地帯の住民 | 調査だと ! やっぱり、私たちの食い物を奪おうと下調べしてたんだな。 |
寒冷地帯の住民 | 村の食糧は、誰にも渡すものか !子供も腹が減ったって泣いているんだ…… ! |
アルフェン | みんな、落ち着いてくれ ! お互い誤解してるんだ。まずは武器を収めて、冷静に―― |
火山地帯の住民 | それなら、あいつらから武器をしまうべきだ。先に抜いたんだからな。 |
寒冷地帯の住民 | ふざけるな、泥棒どもめ !ここは私たちの土地だ。さっさと帰れ ! |
ロウ | ……てめえらなぁっ ! ! |
全員 | ! ! |
ロウ | さっきから何を馬鹿なこと言ってやがる !そんなもん突きつけ合って、誰が得するってんだ ! ?大した根拠もねえのに、疑って憎んで ! |
ロウ | 誰に強いられてもいねえのに、自分たちで壁を作ってどうするんだよ…… ! |
火山地帯の住民 | くっ……。 |
ロウ | 今はそんな場合じゃねえだろ。自分も家族も死んじまうかもしれねえってのに ! |
寒冷地帯の住民 | だ、だから私たちは、泥棒のあいつらを―― |
ロウ | お前らも本当はわかってるんじゃねえのか。こいつらは泥棒なんかじゃなくて自分らと同じように必死になってるだけってこと。 |
寒冷地帯の住民 | そ、それは……。 |
ジルファ | …………。 |
ロウ | だから武器をしまってくれよ。お前らは、敵同士なんかじゃない。 |
ロウ | 感情にまかせて、敵でもない人を傷つけちまったら事が収まった後で必ず後悔するぜ。……俺にはよくわかるんだ。 |
リンウェル | ロウ……。 |
寒冷地帯の住民 | 「事が収まった後」ってのは、いつなんだ ?そんな時が本当に来るのか ? |
ロウ | えっと……そりゃ、まあいつかは来るだろ。そのために俺たちがこれから調べて―― |
火山地帯の住民 | 調べて、解決しなかったら……どうなっちまうんだ ?うちの爺ちゃん、このままじゃ死んじまう……。 |
ロウ | それは……その……。 |
ジルファ | ――俺たちが、必ず解決する。誰も死なせやしない。 |
ロウ | 親父…… ! ? |
ジルファ | 苦しい時に、目の前の誰かを責めるのは簡単だ。あいつのせいだ、こいつのせいだってな。 |
ジルファ | だが、本当に自分を苦しめてるのはなんだ ?お前たちが武器を突きつけてる奴らなのか ? |
火山地帯の住民 | ……そうじゃない。この空のせいだ。 |
寒冷地帯の住民 | ああ、この寒さで何もかもおかしくなってる。私たちも……。 |
ジルファ | そうだ。そいつと向き合わない限り状況は何も変わらない。 |
ジルファ | ここで殺し合っても、得られるのは新しい恨みだけだ。暑さも寒さもなくなりはしないまま、な。 |
住民たち | …………。 |
ジルファ | それでもまだ争いたいってんなら……まずは俺が相手になってやる。 |
ジルファ | さあ、どうする ? |
寒冷地帯の住民 | ……わかった、もういい。みんな、武器を下ろそう。 |
火山地帯の住民 | ああ、こっちも手を引く。冷静になるよ、ジルファさん。 |
シオン | 一触即発かと思ったけど、どうにか収まったわね。 |
テュオハリム | 的確に事情を汲み、場を鎮める手腕。なるほど、アルフェンが学んだというだけある。 |
リンウェル | これで、ようやく火山地帯に向かえるね。早く原因を調べないと。 |
アルフェン | ああ、問題はここからだ。何かもう少し手がかりがあるといいんだが……。 |
ロウ | ……ん ? 魔鏡通信か ? |
アルフェン | キールからだ !何かわかったのかもしれない。 |
キール | アルフェン、そちらの状況はどうだ ? |
アルフェン | こっちは今から、火山地帯に入って調査するところだ。そっちは ? もしかして、何かわかったのか ? |
キール | それが……わかったといえばわかったんだが大きな問題があるというか……。 |
シオン | 歯切れが悪いわね。 |
キール | まあ、聞いてくれ。ぼくは解決策を探るために、ケリュケイオンで大陸周辺の空を調査してもらったんだ。 |
キール | 集霊器から現れた『炎の化身』が原因だろう、という話はしたな ? |
リンウェル | うん。あの炎の力がまだなくなりきらずに残ってるのかも、って聞いたよ。 |
キール | ああ、そうだ。膨大な力の偏りがそのままになったことで火山地帯はさらに暑く、寒冷地帯はさらに冷え込んだ。 |
キール | ぼくは、空からの調査でその力が集まる場所を測定できると思ったんだ。 |
キール | そうすれば、アルフェンの炎の剣でもう一度完全に散らすことで、異常気象は収まるはずだからな。 |
ロウ | あー……よくわかんねえけどその測定ってのが、上手くいかなかったのか ? |
キール | いや、測定自体は上手くいったんだ。問題は……その力の座標が常に移動し続けていることだ。 |
キサラ | 移動…… ?空中をさまよっているとでも言うのか ? |
キール | わからない。とにかく動きが不規則で予測できないんだ。場所を特定した頃には、もう別の位置に移ってる。 |
リンウェル | それじゃ、追いかけても永遠に追いつけないってこと…… ! ? |
キール | いや、空から特定するのが難しいだけだ。それだけ大きな力が動けば地上でも必ず目に見える変化があるはず。 |
キール | その辺りで、何か大きな力が動いているのを見かけなかったか ?たとえば、竜巻とか……。 |
アルフェン | 竜巻……誰か、見たことはあるか ? |
火山地帯の住民 | うーん、見たことないなぁ……。 |
テュオハリム | ……常に動いている、と言ったがその動きはたとえるならどんな風かね ?直線的であるとか……。 |
キール | いや、それがなんとも言えない。直線だったり、曲線だったり、まるででたらめなんだ。答えのない数式みたいでイライラするよ。 |
テュオハリム | ……ふむ。自然の中に、それほど不規則な動きをするものは実のところ多くはない。 |
テュオハリム | 風にも、水の流れにも、それぞれの法則があり一定の律動で重なり、調和を奏でているものだ。その調和を乱すものとは、すなわち―― |
ロウ | すなわち、なんだよ !何かわかったんなら、早く言ってくれよ。 |
テュオハリム | すなわち、『生物』だよ。獣はその時々で気まぐれに動くものだ。 |
キール | ! ! そうか、そういうことか ! |
キール | 集まった力は、何かの動物に取り憑いたんだ。それなら不規則な動きに説明がつく。どうして気づかなかった…… ! |
ジルファ | 動物だと……そいつは魔物ってこともありえるのか ? |
アルフェン | 心当たりがあるのか、ジルファ ? |
ジルファ | ああ。ちょうど暑くなってきた頃から、この辺りで異様な力を持った魔物が現れたんだ。カラグリアで見たどんなズーグルよりも強力だ。 |
ジルファ | 皆には避けるように言っていたが毎日動き回るんで、厄介だったんだ。くそっ、俺の目も節穴だな。 |
キサラ | いや、手を出さなくて正解だったろう。集霊器の力は、とても一人や二人で対処できるものではなかった。 |
アルフェン | 確認させてくれ、キール。その魔物を倒して、取り憑いた力を拡散させれば今起きている異常気象は収まるんだな。 |
キール | ああ、そのはずだ。 |
ロウ | よし、やるべきことは決まったな。魔物をぶっ倒して、暑さも寒さも吹っ飛ばしてやるぜ ! ! |
キャラクター | 7話【双拳7 心をひとつに】 |
アルフェン | 異常気象の原因はわかった。あとは解決するだけだ。 |
シオン | 動く前に、具体的な計画が必要よ。火山地帯を動き回る魔物を見つけ出さなきゃいけないんでしょう。 |
キサラ | そうだな……闇雲に歩き回っていては時間がいくらあっても足りないぞ。 |
テュオハリム | とはいえ、キールから聞けた位置情報は少し前のもの。大まかな居場所はわかるが、正確な現在地は自らの目と足で見つける以外にないぞ。 |
リンウェル | うーん……何か痕跡でもあるといいけど。炎の力を纏ってるなら、焦げ跡とかさ。 |
ロウ | 火山地帯なら、焦げ跡なんてそこら中にあるんじゃねえか ? |
リンウェル | あ、そっか……。 |
ジルファ | …………。 |
アルフェン | ジルファ、何かいい案はあるか ? |
ジルファ | 皆で手分けして探すしかないだろう。泥臭いが、確実な手だ。 |
アルフェン | そうだな……それしかないか。俺たち七人でどうにか―― |
ジルファ | いいや。俺は『皆』でと言ったんだ。ここにいるのは七人だけじゃない。 |
アルフェン | え ? まさか…… ! |
火山地帯の住民 | お、俺たちもってこと…… ! ? |
寒冷地帯の住民 | ちょ……ちょっと待ってくれ !そいつは恐ろしい魔物なんだろ ! ? |
ジルファ | 本当に恐ろしいのは、魔物じゃない。このまま異常気象が続くことだ。 |
ジルファ | そうなれば、弱い者からどんどん死んでいく。生き延びた者も、冷静じゃいられなくなるだろう。さっきのようにな。 |
寒冷地帯の住民 | それは……確かに。 |
ジルファ | これ以上、一分一秒でもこんな状態を続けるわけにはいかない。 |
ジルファ | 幸い、おおまかな範囲はわかってるんだ。この人数が全員で協力して捜索にあたればそう時間はかからないはずだ。 |
火山地帯の住民 | うう……ジルファさんの言う通りだけど俺は戦いは素人なんだぜ。 |
火山地帯の住民 | しかも、ついさっきまで武器を向け合ってた奴らと協力するなんて……。 |
寒冷地帯の住民 | 私たちだって、そんなことできるはずがない…… ! |
ジルファ | できるさ。俺たちなら、できる。 |
ジルファ | 人の心が一つに集まればどれだけのことができるか俺はこの目で見てきた。 |
ジルファ | 地獄のような状況だろうと、人は覆せる。何百年続いた支配も、どれだけの分厚い壁もはね除けられるんだ。 |
リンウェル | ……そうだね。私たちも見てきたよ。レナからの解放も、帝国からの自由も。 |
寒冷地帯の住民 | そういうのは、一握りの強い奴らがすることだろ ?私たちみたいな弱い者は、見ていることしか……。 |
ジルファ | 違う。必要なのは、誰か一人の力じゃない。そうだろう、アルフェン ? |
アルフェン | ああ。俺は確かに、この炎の剣の力でいろんな戦いを切り抜けてきたが……本当に世界を変えたのはこの剣でも俺でもない。 |
アルフェン | 壁を壊せたのも、帝国をひっくり返せたのも気持ちを同じくする大勢の人が協力し合ったからだ。 |
アルフェン | あんたたちも同じ力を持ってる。故郷を守りたい、家族を救いたい。だから武器を持ってここへ来たんだろう ? |
火山地帯の住民 | そうだ、暑さで苦しんでる爺ちゃんを死なせたくなくて……。 |
アルフェン | なら、一緒にやろう。俺たち全員で、みんなの故郷を救うんだ。 |
寒冷地帯の住民 | ……ああ、わかった。私たちもやれるだけやってみよう…… ! |
ジルファ | よし、そうと決まれば捜索の詳細を詰めるぞ。全員、手伝ってくれ。 |
一同 | おう ! |
ロウ | ……やっぱ、すげえよな。親父もアルフェンも。 |
リンウェル | さっきのロウも、結構頑張ってたと思うよ。みんなにビシッと言ってさ。 |
ロウ | へへ……ま、俺は言いたいこと言っちまっただけだけどよ。 |
リンウェル | ……ねえ、ロウ。やっぱり、まだジルファとちゃんと話せない ? |
ロウ | ああ……。でも、なんか元気な親父を見てたらこれで十分なのかもって気もしてきたんだよな。 |
リンウェル | 十分、って ? |
ロウ | 二度と会えないはずの親父と同じ世界で生きてるってだけで、幸せ者だなってさ。謝るとかってのも、俺の自己満足だろ。 |
リンウェル | ……でも、本当は話したいんでしょ。もっともっと言いたいことあるんだよね ? |
ロウ | そりゃ、そうだけど……。 |
リンウェル | だったら、そんな我慢しちゃ駄目だよ !ジルファだってきっと話したがってるのに……。 |
ロウ | なんで、お前がそんな必死になるんだよ。 |
リンウェル | だってさ……普通は会いたくても会えないんだよ。いなくなった人とは……。 |
ロウ | あ……そうか、お前も……。……ごめん。 |
リンウェル | わ、私のことだけじゃなくて !そういう人はダナにもいたし、この世界にもいるよ。言いたかったこと、心にずっとしまったままでさ。 |
ロウ | …………。 |
リンウェル | でも、ロウには奇跡が起きたんだよ。だから絶対、無駄にしちゃ駄目。 |
リンウェル | ……お節介なのはわかってる。でも、ロウとジルファがまた仲良くなれたら……私は嬉しいなって、それだけ。 |
ロウ | リンウェル……。 |
ロウ | ……そうだよな。このままじゃいけねえ。勇気、出してみるか……。 |
キャラクター | 8話【双拳8 火山の魔物】 |
アルフェン | ……よし、班分けは大体決まったな。それぞれの班に戦える者を数人配置するから危険はかなり減らせるはずだ。 |
火山地帯の住民 | 助かるよ、これで魔物に遭遇しても安心だ。 |
キサラ | ああ、任せてくれ。どんな魔物が来ようとこの盾で止めてみせる。 |
テュオハリム | 三方に分かれれば、十分な範囲を捜索できよう。魔物が範囲外へ移動している可能性もあるがその時は再びキールに測定を頼めばよい。 |
リンウェル | 私たちはどう分かれようか ? |
ジルファ | アルフェンとシオンは炎の剣のために同じ班だな。あとは―― |
ロウ | ……お、俺は ! 俺は、親父と一緒に行くよ。親父がよければ、だけど。 |
ジルファ | …………わかった。問題ない。 |
リンウェル | じゃあ、私はアルフェンたちと一緒に行くね。これで班分けは決まり ! |
アルフェン | よし、早速始めよう。みんな暑さには十分注意してくれ。 |
寒冷地帯の住民 | ああ、そうだな……向こうに入ったら防寒着を脱がなきゃいかん……。 |
火山地帯の住民 | ははっ、火山地帯の歩き方は俺たちが教えるよ。足元にも気をつけろよ。 |
アルフェン | 炎の力をまとった魔物を見つけたら足止めをしつつ、無理はせず他の班を呼んでくれ。 |
アルフェン | では……出発だ ! |
ロウ | …………。 |
ジルファ | …………。 |
ロウ | (……駄目だ。やっぱ、話しかけづれえ) |
火山地帯の住民 | ジルファさん、向こうの捜索は終わったよ。それらしい魔物はいないみたいだ。 |
ジルファ | ……わかった。この辺りはほぼ調べ終わったな。 |
ジルファ | 残りの者が戻ったら、次の場所へ移動する。全員、今のうちに準備をしておけ。 |
火山地帯の住民 | はい ! |
寒冷地帯の住民 | おーい !見つけた、見つけたぞ ! ! |
ジルファ | ! 例の魔物か ! ? |
寒冷地帯の住民 | いや、でかい足跡だけだったが……周りの地面が燃えていたんだ ! |
ロウ | そいつだな。間違いねえ。 |
ジルファ | ああ、その場所へ案内してくれ。 |
ロウ | 足跡はこの奥に続いてんな。まだいるのか…… ? |
ジルファ | 調べてみるしかない。俺が先頭を行く。ロウ、背中を頼めるか ? |
ロウ | あ、ああ……。任せてくれ。 |
ジルファ | よし、行くぞ。ゆっくり後に続け。 |
火山地帯の住民 | はい ! |
ロウ | …………。 |
ジルファ | ……ロウ、大丈夫か ?さっきから黙っているが。疲れたか ? |
ロウ | え ? いや、大丈夫だよ !ただ、なんか昔を思い出しちまってさ。 |
ジルファ | 昔……。 |
ロウ | あ、別に悪いことじゃねえって ! |
ロウ | その……はっきりは覚えてねえんだけどさ。ガキの頃も、こんな風に親父の背中を見てたような気がしたんだ。 |
ジルファ | ……そんなことも、あっただろうな。 |
ロウ | あの頃は、俺もデカくなりゃ追いつけるって単純に思ってた。 |
ロウ | でも、やっぱり簡単には届きそうにねえや。今日また親父の背中を見て、実感したよ。 |
ジルファ | ……俺の背中、か。 |
ジルファ | 俺はそんなに立派な男じゃない。俺は……戦いにかまけて、家族を顧みなかった。 |
ロウ | …………。 |
ジルファ | お前が背中ばかり覚えているのも、無理はない。俺はお前に正面から向き合ってやれなかった。 |
ジルファ | 母親を助けられず、お前がカラグリアから姿を消して……ようやく自分の過ちを理解した。俺はそんな、馬鹿な男だ。 |
ロウ | そんなことねえよ、親父。……馬鹿だったのは俺の方だ。 |
ジルファ | ……ロウ。すまなかった……何もかも。 |
ジルファ | お前が俺に怒りを感じるのは当然だ。だが、これだけは言わせてくれ。 |
ジルファ | 俺はお前のことも、母親のことも一日だって忘れた日はない。 |
ジルファ | あの時、それを言ってやれなかったことが俺の最大の過ちだった。今、こうしてお前に言えてよかった。 |
ロウ | 俺も……それを聞けてよかったよ。 |
ロウ | でもな、親父…… !それはもういいんだ。俺はもう怒ってねえ。 |
ジルファ | …… ? |
ロウ | 俺は……俺の方こそ、謝らなきゃいけなくて。でも、説明が難しいっつうか―― |
ジルファ | ロウ、伏せろっ ! ! |
ロウ | え ? ……うおわっ ! ? |
炎をまとった魔物 | グォォォォォォッ ! ! |
ロウ | 危ねえ……っ !こいつが、例の魔物か ! |
火山地帯の住民 | ひいぃっ ! ジ、ジルファさん、どうしたら ! ? |
ジルファ | お前たちはアルフェンたちを呼びに行け !こいつは俺たちが足止めする ! |
寒冷地帯の住民 | わ、わかったっ ! |
炎をまとった魔物 | ガウウッ ! ! |
ロウ | 行かせるかよっ !おらぁっ ! ! 無影掌 ! |
ロウ | あっつっ…… ! 拳が焼けちまうぜ。 |
ジルファ | 気をつけろ、ロウ !はあああっ ! ! 牙砲 ! |
炎をまとった魔物 | グルルルルル……。 |
ロウ | 親父の拳も受け止めんのかよ。丈夫な野郎だぜ…… ! |
炎をまとった魔物 | ゴオオオオオオオオオオオオッ ! ! |
ロウ | なんだ、この揺れ…… ! ?こいつが起こしてんのか ? |
ジルファ | まずい…… !上だ、崩れるぞ ! |
ロウ | なっ…… !うわああああっ ! ? |
キャラクター | 9話【双拳9 二人の拳】 |
キサラ | 魔物が見つかった ! ?場所はどこだ ? |
寒冷地帯の住民 | む……向こうの洞窟の中だ。ハァ、ハァ……。 |
テュオハリム | 我々も向かおう。アルフェンたちもそうしているはずだ。 |
火山地帯の住民 | ――それで、ジルファさんとロウが残って魔物を足止めしてたんだけど……。 |
シオン | 「だけど」 ? 二人に何かあったの ? |
火山地帯の住民 | ……洞窟が崩れたんだ。魔物だけは外に出てきたけど、二人はまだ中に閉じ込められてる。 |
リンウェル | そんな…… ! ! |
アルフェン | すぐ助けに行こう。このままだと二人が危険だ ! |
リンウェル | ……ロウ、ジルファ。お願い、無事でいて…… ! |
ジルファ | ごほっ……ロウ ! 無事か ? |
ロウ | ……ああ、なんとか。暑くて体が茹だっちまいそうだけど。親父はどうだ ? |
ジルファ | 俺も問題はない。だが、確かにここの暑さは異常だな。あの魔物の影響か……。 |
ロウ | さっさと出ねえと、本当に焼け死んじまうぜ。あれ ? 出口は……どこだ ? |
ジルファ | さっきの落盤でふさがったようだな。おそらく、この岩の向こうだと思うが。 |
ロウ | だったら、ぶっ壊して出るしかねえ。はぁぁぁぁっ ! ! |
ロウ | ……かってえ !くそっ、俺の拳じゃ無理か……。 |
ジルファ | 俺がやってみよう。……ふんっ ! ! |
ロウ | 親父でも無理か……。こうなりゃ、二人で徹底的に叩き込んで―― |
ジルファ | いや、やめておけ。体力を消耗するだけだ。 |
ロウ | 外に出なきゃ死んじまうぞ !あきらめんのかよ…… ! ? |
ジルファ | こいつは拳の百や二百で砕ける岩じゃない。この暑さで闇雲に体力を使えば、死が早まるだけだ。 |
ジルファ | 生き延びるためには、体力を温存して待つんだ。少し待てば必ずアルフェンたちが来る。それとも、あいつらが信じられないか ? |
ロウ | ……わかったよ、待てばいいんだろ。 |
ジルファ | ああ。今はそれが最善だ。 |
ロウ | …………。 |
ジルファ | ……ロウ。少し、聞いていいか ? |
ロウ | ん ? ああ……。 |
ジルファ | アルフェンたちとの暮らしはどうだ。毎日、忙しくしていると聞いたが。 |
ロウ | まあな。でも、別に俺はアルフェンみたいにみんなを引っ張ってるわけじゃねえからさ。結構、気楽にやってる。 |
ジルファ | アルフェンは、お前を頼りにしていると言っていたぞ。鍛錬も毎日続けているらしいな。 |
ロウ | それは癖みたいなもんっつーか……。あ ! でも、ちゃんと体を休める時間も作ってるぜ。 |
ロウ | 昔、言ってただろ ?たまには筋肉を休ませろってさ。 |
ジルファ | そうだな……そんなことも言った。よく覚えていたな。 |
ジルファ | 我ながら、偉そうなことを言ったもんだ……。自分はろくに休みもしなかったくせにな。 |
ロウ | ……まあ、これからは少しずつ休んでくれよ。昔ほどは忙しくないんだろ。 |
ジルファ | ……そうだな。これから、か……。 |
ロウ | ? |
ジルファ | ……ロウ。お前に、渡しておきたいものがある。 |
ロウ | なんだよ、急に。 |
ジルファ | 大事な話だ。……こいつを受け取れ。 |
ロウ | ……お袋の指輪 ? |
ジルファ | ああ。もし、いつか生きてお前に会えたら……ずっと渡すつもりでいた。 |
ジルファ | 今がその機会だと―― |
ロウ | ……ちょっと待てよ、親父。さっきからなんなんだよ。 |
ジルファ | 何がだ ? |
ロウ | 俺たちは生きてここから出るんだろ。そんな話、いつだって出来るじゃねえか。 |
ロウ | なのに、なんでそんな顔で俺のこと見てやがるんだよ ! |
ジルファ | …………。 |
ロウ | ……怪我してんだな。さっきの落盤か ? |
ジルファ | ……いや。あの魔物だ。すれ違いざまに腹をやられちまった……歳だな。 |
ロウ | 何言ってんだよ…… !さっき、じっとしてりゃ生きられるって ! |
ジルファ | お前は生きられる。それが一番大事なことだ。 |
ロウ | ……っ ! |
ジルファ | 俺は、ずっとお前に会える日を待っていた。そんな日が来るかもわからず……。 |
ジルファ | だから、もう……未練はない。言いたいことは、全て……ぐっ……。 |
ロウ | ふざけんじゃねえっ ! !こっちはまだ言いたいことがあるんだよ !俺はもっと話してえんだ……親父と ! ! |
ジルファ | ロウ……。 |
ロウ | 勝手に満足しやがって…… !俺はまだ謝れてもいねえんだ…… ! ! |
ロウ | 絶対に死なせるかよ ! !岩が邪魔ってんなら、叩き割ってやる ! |
ロウ | うおおおおおおおっ ! !おらっ ! おらっ ! おらぁぁっ ! ! |
ジルファ | 岩に……ヒビが ! ?ロウ、お前……。 |
ロウ | はぁ……はぁっ……。 |
ジルファ | ……そうか。お前の拳はもう子供の拳じゃないんだな。自分の力で、進む道を切り開ける……。 |
ジルファ | ふっ、俺としたことが……自慢の倅を見くびっちまうとは。 |
ロウ | ……もう一発……っ ! |
ジルファ | 待て、ロウ。 |
ロウ | うるせぇ ! 止めんじゃねえっ ! |
ジルファ | 止めるものか。俺は決して、お前の道を阻む壁にはならない。 |
ジルファ | 同時に叩き込むぞ。まだ、やれるな ? |
ロウ | ……へへっ。そっちこそ、無理して倒れんなよ。 |
ジルファ | その時は、お前が俺を担いでいってくれ。 |
ロウ | 任せとけよ。じゃあ、行くぜ……せえのっ ! |
二人 | はああああっ ! ! |
リンウェル | ……スプレッド ! ! |
炎をまとった魔物 | ガァァァッ ! ! |
アルフェン | ……くっ !この魔物、やはり強い…… ! |
キサラ | これでは、ロウたちを助けに行く暇がない !なんとか攻撃を引きつけて、隙を作るか…… ! ? |
テュオハリム | ……いや、待て。洞窟の方から、震動を感じる。 |
リンウェル | えっ ! ? それ、まさか―― |
アルフェン | 岩が砕けた…… !ロウ、ジルファ ! そこにいるのか ? |
ロウ | 親父、もうちょっとの辛抱だからな ! |
ジルファ | ……すまんな。倅の肩を借りることになるとは……。 |
ロウ | このぐらい、どうってことねえよ。思ったより軽いぐらいだぜ。 |
リンウェル | 二人とも ! よかった……。 |
ロウ | シオン、親父を頼めるか ?腹をやられてる。 |
シオン | ええ、任せて。すぐに治療するわ。 |
ジルファ | ……ロウ。俺のことは心配いらん。好きに暴れてこい。 |
ロウ | ああ、行ってくるぜ ! |
炎をまとった魔物 | ガオオオオオッ ! ! |
ロウ | よし…… !見ててくれよ、親父…… ! ! |
キャラクター | 10話【双拳10 大きな背中】 |
ロウ | ちっ……しぶとい野郎だぜ。 |
テュオハリム | 恐ろしい力だな。ビエゾも厄介な置き土産をしたものだ。 |
アルフェン | だが、だいぶ弱ってきている。あと一息だ…… ! |
炎をまとった魔物 | ウオオオオッ ! ! |
キサラ | ! 来るぞ !気をつけろ ! |
シオン | フリーズランサー ! ! |
炎をまとった魔物 | ゴウッ ! ? |
アルフェン | シオン ! ?ジルファはもういいのか ? |
シオン | ええ、治療は終わったわ。 |
ジルファ | はあっ ! ! |
ロウ | 親父…… ! |
ジルファ | ロウ、俺たちで片をつけるぞ。 |
ロウ | ああ…… ! ! 行くぜ ! |
炎をまとった魔物 | グゥ………… !ガアアアアアアアアッ ! ! |
ジルファ | 俺は……守ると決めた !一歩も引かん ! |
ロウ | 俺は……進むと決めた !一歩も止まらねえ ! |
二人 | 剛柔の極致 !紅鴉狼・轟雷 ! ! |
炎をまとった魔物 | ………… ! ! |
ロウ | はぁ……はぁ……。やった、ぜ……。 |
ジルファ | ……ああ、よくやった。さすがは俺の倅だ。 |
ロウ | へへ……。 |
リンウェル | ちょ、ちょっと待って !魔物の体から、炎が…… ! |
テュオハリム | ! これが、奴に取り憑いていた力か。すさまじいものだな……。 |
シオン | アルフェン、今よ ! |
アルフェン | ああ。キールの言った通り、今度こそ炎の剣で…… !うおおお……っ ! ! |
キサラ | ……炎が消えたな。これで、終わったのか ? |
ロウ | ああ、ちょっとは暑さがマシになった気がするぜ。暑いことは暑いけど、カラグリアと同じぐらいだ。 |
アルフェン | いったん、村に戻ろう。向こうの寒さも落ち着いたかどうか、確かめないとな。 |
リンウェル | うん、吹雪も止んですっかり寒さが和らいだね。 |
キサラ | 村の空気も変わったな。さっきまで睨み合っていた者たちが今では握手をしている。 |
アルフェン | 天候が戻ったおかげだがジルファの言葉も大きかったと思う。あれでみんな、歩み寄る勇気が出たんだ。 |
ジルファ | あの時、本当は誰も戦いたいとは思っちゃいなかった。俺はただ、自分の心に耳を傾けろと言っただけだ。 |
シオン | ……そうかもしれないわね。ジルファがいなければ、あの場は収まらなかったでしょうけど。 |
テュオハリム | ただ人を従わせるのではなく、己の心に従わせる……見事だ。ジルファとは、折を見て為政者のなんたるかを語り合いたいものだ。 |
ジルファ | はは…… !為政者どころか、俺は筋金入りの反逆者だぞ。話ならいつでも聞くがな。 |
テュオハリム | それは助かる。では、早速―― |
キサラ | テュオハリム。時と場所を考えてください。それに、今はもっと話したい人がいるんですから。 |
テュオハリム | む、そうだったな。これはすまない、ロウ。 |
ロウ | いや、俺は……その……。 |
リンウェル | ロウ、頑張って ! |
ロウ | わ、わかったって !ったく……。 |
ジルファ | ……何か、改めて話したいことがあるんだな。 |
ロウ | ……ああ。言っても仕方ねえとも思ったけど……やっぱり、俺の気が済まねえんだ。 |
ジルファ | 話してみろ。 |
ロウ | その……ずっと、謝りたかったんだ。まず、親父の気も知らねえで勝手にカラグリアを出ていっちまったこと。 |
ロウ | きっと、しんどかったよな。お袋が死んじまったってのに俺までいなくなってさ。 |
ジルファ | ……そうだな。あの時は、必死に捜した。 |
ジルファ | お前がどこにもいないとわかった時は……生きた心地がしなかった。 |
ロウ | ……ごめん。 |
ジルファ | いいんだ。こうして、また会えた。 |
ロウ | …………。それと……もう一つ、謝らせてくれ。 |
ロウ | 話すとややこしいんだけど……元の世界で、俺は親父の知らない少し未来にいたんだ。 |
ジルファ | 未来だと…… ? |
ロウ | ああ。俺、本当は親父に会ってたんだよ。アルフェンたちと親父がシスロディアに入って少し後ぐらいだったらしい。 |
ロウ | その時、俺は……親父にひどいことをしちまった。どう謝りゃいいかわかんねえぐらい。 |
ロウ | 怒りに任せて傷つけて、それで――親父の思いを裏切るような真似をしたんだ。 |
ジルファ | …………。 |
ロウ | ……わかってるんだ !今ここにいる親父は、何も知らねえって。 |
ロウ | でも……言わなきゃいけない。言わなきゃ俺は、親父の顔を見られない。だから―― |
ロウ | すまねえ、親父…… !本当に……何もかも、すまねえ…… ! ! |
ジルファ | ……そうか。何があったかはわからないが……結局は俺がお前を見てやれなかったからだろう。 |
ロウ | 親父……。 |
ジルファ | だが、お前の抱えている気持ちはわかった。よく言ってくれたな、ロウ。……だから、もう俺の顔を見て辛気臭い顔をするな。 |
ジルファ | お前はたった今、俺の命を救った。それは間違いないんだからな。 |
ロウ | ああ……ありがとな、親父。 |
リンウェル | ロウ、スッキリしたみたいだね。 |
ロウ | ……ああ。一生言えねえと思ってたこと、言えたよ。お前もありがとな、リンウェル。 |
リンウェル | え ? なんで私 ? |
ロウ | 発破かけてくれただろ。おかげで、立ち止まらなくて済んだんだ。 |
リンウェル | それは、だって……ウジウジしてるロウってなんか気持ち悪かったから。 |
ロウ | 気持ち悪いってなんだよ ! |
リンウェル | だって、そうだったんだもん ! |
アルフェン | ……ジルファは、これからどうするんだ ?よかったら、俺たちと一緒にシスロデンへ来ないか。 |
ジルファ | 生憎だが、俺はこのまま火山地帯に残るつもりだ。 |
リンウェル | えっ ! ? そうなの ? |
ジルファ | ああ。あそこには、まだ俺を必要としてる奴らがいる。あいつらを放ってどこかへ行くつもりはない。 |
アルフェン | ジルファらしいな。わかった、また会いに行く。 |
ロウ | …………。 |
ロウ | あ……あのさ、親父。だったら俺も、一緒に―― |
ジルファ | ロウ ! |
ロウ | ――いってええっ ! ? |
ロウ | 何しやがんだ、このクソ親父 !思いっきり背中叩きやがって ! |
ジルファ | 辛気臭い顔はするな、と言ったはずだぞ。 |
ロウ | あ……。 |
ジルファ | お前はそっちで頼りにされてるんだろう。だったら、その場所で踏ん張ってこい。 |
ジルファ | 居場所を放り出してまで来ることはない。これからは、いつでも会えるんだからな。 |
ロウ | いつでも……。……そうか。そうだよな !絶対また会いに行くから、待ってろよ ! |
リンウェル | ロウとジルファ……なんだか普通に親子って感じだね。 |
キサラ | ……そうだな。きっと子供の頃は、あんな風だったんだろう。 |
ロウ | あ、そうだ……親父。その指輪、まだ持っててくれよ。 |
ロウ | 俺がいつか、もっとデカくなって親父に追いついたら取りに行くからさ。 |
ジルファ | わかった。その時まで、預かろう。……またな、ロウ。 |
ロウ | ああ、またな ! 親父 ! ! |
ジルファ | 「追いついたら」、か。ふふ……追い抜かれないように、頑張らんとな。 |